2009年08月18日

一編の詩の意味

職員の中に 徒歩で通勤する つわものが 数名いる。
 
ここまでの道中には
心臓破りの坂が 幾重も 待っている。
 
その上に、この暑さである。
 
熱中症で倒れないか心配である。
が、
そこはつわものだけに 老婆心に過ぎない。(笑い)
 
その中の1人が 楽しげに 今朝の出来事を話してくれた。
これまで 近所の人と会っても 言葉を交わすことは なかったという。
 
ここに 勤めているというだけだ 
斜め下から 見上げるような 扱いだったと。
(ジェスチャー入りで様子が良く分かる)
 
これまでの関係が どんな 関係であったか
安易に 判断できる。
 
それが 
 
今日は違ったとのことである。
 
『どら息子が「さつまいもの蔓まで刈ってしもうた」』と
ぼやきの1つも聞かされたとのことだ。
 
おばちゃんのボヤキである。
聞いていたら 限がない。
 
あわや 遅刻しそうになったとのことだ。
 
実に ほほえましく いい話だ。
他愛のない 日常会話が 交わされたのだ。
 
当たり前のこととは言え そうなるのにも 時間が要るということだ。
これが 現実である。
 
ところで この仕事について 大変なことが 1つある。
それは 色んな資料が すぐに 山積みになることだ。
 
整理を怠ると 取り返しの つかないことになる。
 
仕方なく 整理整頓することにした。
その中に 一編の 詩を見つけた。
多分に ひとつき前に 戴いた代物だ。
 
読み返して 納得。
老いる親から子どもへのメッセージである。
高く積まれた資料の中から
この詩が 目に留まったことには 
意味があるのだろう。
 
誰の心にも 届いて欲しいとの思いから 書き記すことにした。
 
CDもこの5月に出て 静かなブームと聞く。
すでに ご存知の方も多いかと思うが・・・。 
 
改めて ご一読いただければ 幸いである。
 

  手紙 〜親愛なる子どもたちへ〜     
          
 『年老いた私が ある日 今までの私と 違っていたとしても       
 どうか そのままの私のことを 理解して欲しい       
 私が 服の上にたべ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても       
 あなたに色んなことを 教えたように 見守って欲しい       
        
 あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても       
 その結末を どうかさえぎらずに うなずいていて欲しい       
 あなたにせがまれて 繰り返し読んだ絵本の あたたかな結末は        
 いつも同じでも 私の心を 平和にしてくれた       
        
 悲しい事ではないんだ 消え去っていくように見える 私の心へと       
 励ましのまなざしを 向けて欲しい       
        
 楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり       
 お風呂に入るのを嫌がるときには 思い出して欲しい        
 あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて       
 いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを       
        
 悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に       
 祝福の祈りを 捧げて欲しい       
        
 いずれ歯も弱り 飲み込むことさえできなくなるかも知れない       
 足も衰えて 立ち上がろうと 私に助けを求めたように       
 よろめく私に どうかあなたの手を 握らせて欲しい       
        
 私の姿を見て 悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい       
 あなたを抱きしめる力がないのを知るのは つらい事だけど       
 私を理解して支えてくれる心だけを 持っていて欲しい       
 きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです       
        
 あなたの人生の始まりに 私がしっかりと付き添ったように       
 私の人生の終わりに 少しだけ付き添って欲しい       
        
 あなたが生まれてくれたことで 私が受けた 多くの喜びを       
 あなたに対する変わらぬ愛を持って 笑顔で答えたい       
        
 私の子供たちへ       
 愛する子供たちへ 』   

 
kazu   

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2009年08月17日

草刈り

心地よい 疲れが 体を 覆う。
 
間断なく 睡魔が 襲ってくる。
横になれたら どれだけ 幸せか。
 
不可能な 妄想を 抱きながら 
ストレッチをする。
 
あさ4:30に起き 準備をした。
6:00の集合である。
 
幸い10分前に 着いた。
 
すでに 作業をしている 職員の姿がある。
車を 降りると エンジン全開の 
草刈機の爆音が 響いてくる。
 
その傍らに 素敵ないでたちの 
乙女の姿が見える。
そう見えるから 不思議だ。
 
早速
作業の指示を受け 戦場に 向かう。
ぞくぞくと 職員が 手伝いに やってくる。
 
1時間もすると 草の山から 地肌が 覗く。
やっぱり 「人あってこそ」の作業である。
 
その数 10人を 数える。
わざわざ 休みの職員も 顔を出してくれている。

朝食の準備まで 整えてくれている。
この優しさには 感服する。


ただ 1時間を過ぎると 
我が体は 急に 勢いがなくなる。
こんなはずではと思うが
言い訳にもならない。
 
8:00を過ぎた。午前中の作業は ここまでだ。
作業を中断し それぞれが 現場へと 向かっていく。
 
思い返せば

昨年は 管理者と本部役員の
少ない人数での 作業だった。
大変な思いをしたことを 覚えている。
 
それが 今年は 6:00の集合にも関らず 
これだけの人が 手伝ってくれた。
 
体は 疲れたが 
ひとしれぬ 喜びを感じた
1日であった。
 
「ありがとう」と 改めて 感謝の気持ちを 伝えたい。
 
きっと 素晴らしい 夏祭りになることを 確信した。

 
仕事を終え
残りの作業のため 身支度をした。
同じように 多くの 職員が 身支度をして 出てくる。
作業を終えたときには 辺りは すでに 日の光は なかった。
 
さすがに 疲れたね。
最後まで
ありがとう そして 「お疲れさま」でした。
 
kazu

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2009年08月16日

カレーライス

今日は 夕食担当である。
 
「何にしようか」と 人並みに 悩んでみる。
 
が、言うほど レパートリーが あるわけではない。
 
明日からの ハードスケジュールを 考え
スパイシーな カレーにしようと決めた。
 
と言えば、聞こえは良いが
カレーにしたのは
明かしたくない 理由があった。
 
今日は 故郷 鹿児島の
樟南高校が 
甲子園に 登場するのだ。
 
49番目最後の登場だ。
選手も待っただろうが 応援する側も待った。
  
TVの前で観戦をしたかったのだ。
 
 
正座をし 声援を送る。
息を飲む投手戦だ。
 
1−1のまま8回。
強打者を三振に 取り
ほっとしたのか。
 
迎えた 4番打者。
インコースへ やや甘い スライダーだ。
ポール際への 大飛球。
ファールになれと 祈る。
 
が、  
非情にも スタンドイン。
 
たった1球の失投に 泣いた。 
 
 
これまで 何回も 甲子園に 応援に行った。
「東雲高く 桜島・・・」と 
一緒に スタンドでも 歌った。
 
94年は 福岡ー田村のバッテリーで
決勝まで進んだ。
 
あの日も 押していた試合を
たった 1球に 沈んだ。
 
9回に満塁ホームランを打たれたのだ。
 
あの日と 全く 同じような
軌跡を 辿った 試合であった。
 
いったい 何故?
 
これが 神様が 与えた 答えだった。
 
楽しみにしていた夏が 終わった。
やっぱり 淋しい。
 
明日から いよいよ 
21夏祭りへ向かって 
カウントダウンだ。
忙しい 日々が 待っている。
早速 明日は 草刈だ。
 
去年の日記を 繰って 見ると
15日 お盆の 最中に
草刈を行っている。
 
今年のお盆は 部下の 配慮で
充電期間を 貰った。
 
この場を借りて お礼を言いたい。
 
「ありがとう」。
 
施設挙げての イベント。
こころを ひとつにして 
臨みたい。
そのために、
惜しむことなく
こころを 砕きたい。
 
カレーの味を きいてみた。
「微妙」が その 答えであった。
 
kazu
 
 
 

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2009年08月15日

送り火

 8.15
終戦記念日である。
64回目を迎えた。
 
その日は どんな暑さだったのだろうか。
どんな思いで その日を 迎えたのだろうか。


朝5:00 いつもの 散歩の時間である。
夜が 明けてこない。
 
戸惑いを覚えるほどの 暗さだ。
 
外に出ると 吹く風が 心地よく 体を包んでくれる。

気分がいい。
 

早い 時間のせいか せみの声はない。
変わりに 虫の音が 辺りを 席巻している。

散歩道の 傍らには
はや 秋の果物が たわわに実っている。
 

中には 色づき始めたものもある。
無花果、梨、りんご、みかん、栗と 言った具合だ。
 
そのそばに すでに役割を終えた

わずかな トマト、きゅうり、なすが
枯れ枝に 留まっている。
 
その姿は 居場所を失った 老人のようでもある。
見るものに  さびしさを 誘う。


歩き始めて しばらくすると

東の空から 太陽が昇り始める。
本当に「真っ赤か」だ。


空に浮かぶ うろこ雲を その光が 照らす。
空が ゆっくり 薄いピンク色に 染まり出す。

 
その美しさは 絶句するほどだ。
こころの映写機に 記録し
手を合わせる。


束の間の 贅沢な 刻である。

 
幸せものだな〜と思う。
 
 
お盆も終わった。
 
亡くなった人との関係は 時と共に 薄れていく。
よっぽどのことがない限り 思い出すこともない。
 
それは 
 
ときとして
幸せなことでもあるが
 
やはり
不幸なことである。
 
人間の愚かさを知ってか
せめて年に1回、「お盆」ぐらいは
死者のこと
先祖のことを
思いなさいとの 戒めなのだろう。
 
お盆の3日間 亡くなった人と時間を 共にし
その関係の意味を考えてみた。
 
そして 
「いのち」の源である
先祖のことをも考えた。
良い 機会だった。
 
終戦記念日も同じではなかろうか。
 
この日だけは  「戦争」のために 
消えた 命の意味を 
その重たさを 尊さを。
 
そして 誓った「恒久平和」の意味を。
 
日本人として
 
考えたい。
 
そして
決意を新たにしたい。
 
送り火を焚き
先祖の霊とお別れした。
 
一人ひとりの死が
「永遠のいのち」として 
いつも こころに 刻まれる
日々でありたい。
 
と願いつつ
田舎を後にした。kazu 

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2009年08月14日

「新たないのち」に生きる

透き通る青空
小島のように浮かぶ雲
 
少年のとき感じた
夏の味がする
1日だった。
 
散歩しながら
往く夏を必死に生きる
せみのことに
思いを馳せた。
  
あの頃の田舎は、
油蝉が主流だった。
 
クマゼミを捕まえると
子どもながら
自慢であり英雄であった。
 
ところが
今ここ岡山では、
油蝉の鳴き声を聞く事も
その姿を見ることも
少なくなった。
 
何故に?
 
田舎と町の違いだけなのだろうか。
 
 ところで、
私生活でTVを見ることは
ほとんどない。
 
たまたま付いているTVに目を向けると
「黒澤 明監督」のことを報じている。
 
何故か目が釘付けになる。
 
日本いや世界の「クロサワ」と
呼ばれている人である。
 
が、
 
作品の「一つ」も見たことがない。
 
その日の報道に
「こころ」が動く。
 
早速
DVDを借りにいった。
 
手にした作品は、『生きる』である。
 
 27年の作品と聞くが
全く色褪せた感じはない。
「今」とひとつも変わらない。
 
作品の感想は
それぞれに譲るとして、
 
私は 
世界の「クロサワ」を十分に堪能した。 
 
 モノクロの時代にあって
光と影だけで
これだけ作品に深さや重みを
描くことができるのだろうか。
 
驚きである。
 
そして、
その繊細な描写には
「クロサワ」の魂を感じる。
感服した。
 
また、
主人公の「表情」
一つひとつが
鬼気迫る形で
観るものに
迫ってくる。
 
表情で
これだけ
語れるものであろうか。
 
その迫力には圧倒される。
 
クロサワが役者に求めたものが
半端でないことが分かる。
 
渡辺を演じた志村喬は
自身癌で倒れる前
 
同じような表情であったと
熊井 啓監督が述懐している。
 
人間業とは思えない。
 
作品の最後に
余命いくばくもない
 
渡辺(主人公)が
「死」を前にして
 
新たにした「思い」は、
 
正しく、パラドックスである。
「回心」といったらいいか。
 
人は「今」に死に
新たな命に「復活」する。
 
その体験を繰り返しながら
生物的な「死」を迎える。
 
しかし、
 
生きている間に
新たな「命」を得る人は少ない。
 
不思議なことに、 
作品を見ながら
 
自然豊かな地で
畑仕事をしている、
自分の姿を

思い浮かべていた。
 
kazu
 

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2009年08月13日

万事が平時

朝の巡視を終え事務所に戻った。
 
いつものように
掃除機をかけ、拭き掃除を済ませ
始業の準備を整えた。
 
早速に
早出の職員が出勤してくる。
みんな早い出勤だ。
 
夜勤者の気持ちを思ってのことだろうか。
 
不思議と
みんなの言葉化しない
優しさが伝わってくる。
 
中には
毎晩「ブログ楽しみに見ています」と
声をかけ
足早にロッカーへ消えていく
職員もいる。
 
嬉しい一言だ。
 
職員の流れも途切れた。
熱い珈琲を共に、疲れた体を癒す。
 
今朝の倉敷は
昨夜来の雨で
かなり蒸し暑い。
 
不快指数はどの程度だろうか。
 
宿直明け。
 
いつ、何事で呼ばれるか分からない。
もの音1つが気になる。
緊張の連続である。
 
半覚醒状態で
一夜を過ごすことになる。
 
 
幸い
朝の様子を聞く限り、
落ち着いた夜だったようである。
 
何事もなく
朝を迎えられることが
どれだけありがたいことか。
 
万事が平時、そんな毎日でありたいと改めて思う。
夜勤者のみなさんお疲れ様でした!
 
 今日からお盆。
帰省ラッシュがピークとか。
東名高速は大丈夫か。
 
43歳という若さで逝った
義妹の初盆のため、
これから田舎へ向かうことにする。
kazu
 お知らせ パートU

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posted by カズ at 08:16 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2009年08月12日

目には見えない力

日が落ちるのが
随分早くなった。
 
散歩の途中、
「小さな秋」の使者に会った。
 
秋の虫、こおろぎである。
 
はや、「リーンリーン」と
 心地よい旋律を
奏でていた。
 
季節は確実に
秋に向かっている。
 
今朝、出勤早々
嬉しい報告を
2件受けた。
 
1つは、
以前「苦情」を受けた家族から
「良くして頂いて」と
お礼の言葉を受けたとの
報告であった。
 
「苦情」の対象となった職員に
失礼を省みず
厳しく注意し
改心を求めていた。
 
こころに留め、
日々努力してくれていただろうことが、
報告の内容から
良く分かる。
 
嬉しかった。
会ったら、
その「努力」を褒めてあげたい。
 
もう1つは
この地に住む
職員の両親からの
伝言を受けての
報告であった。
 
先日、「夏祭り」のチラシを持って
町内の会長宅へ挨拶に行った。
 
その「チラシ」を回覧板で
各戸に
 回していただいていたようだ。
 
挨拶できただけで
「由」としていただけに
 
まさか
そこまで骨を折って
戴いているとは・・・。
 
本当に、嬉しかった。
 

目には見えない
「ちから」が
働いているように
感じる。
 

改めて感謝したい。
 
 ところで、
今、21時を回ったところである。
 
先ほど、最後の遅出の職員が
帰っていった。
 
階下の事務所は、
人気ひとつない。
 
その静けさは
特別だ。
 
1人でいるのが
怖いくらいである。
 
今夜は宿直である。
 
果たして
 この先
どんなドラマが
待っているのであろうか?
 
つづきは、
明日の朝、報告したい。
 
「お疲れ様でした」「おやすみなさい」。

 

see you again!
 
kazu
 
 
 
 

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2009年08月11日

時が教えるもの

忙しくしていて,
久しぶり巡回をした。
 
わずか数日なのに
状況が一変している。
 
お盆を前に散髪した人が多い。
その姿は、
「よかにせ」に「よかおごじょ」である。
 
その中に
少年のような
純真さを残したAさんの姿がある。
 
「久しぶりやな」と突っ込みを入れられ
「こころ」が痛い。
 
表情でしか、
コンタクトできないBさんを訪ねる。
どんな表情で迎えてくれるか。
いつも、どきどきである。
 
「おはようございます」の声に
口元が「ゆるむ」。
紛れもなく「歓迎」の表情だ??
 
「ホッと」息を吐く。
機嫌よさそうである。
 
その表情に安堵して
立ち去ろうとすると
「目」が追いかけてくる。
 
その目は
「もう少しいて欲しい」と訴えている。
 
でも、留まる時間がない。
心の中で「ごめんなさい」と言いつつ
 
逃げるように
部屋を後にする。
 
また、傷つけてしまった。
 
いつも無反応なCさん
「おはようございます」の声に
 
なんと、なんと
 
「おはようございます」と
応じてくれる。
 
嬉しいこと、嬉しいこと。
「奇跡」が起こった。
 
阪神タイガースファンのDさん。
 読んでいる新聞に驚いた。
 
スポーツ紙から
「一般紙」に変わっていた。
 
「どうしたん」と聞くと
ファンならではの答えが
即座に返ってくる。
 
「ふがいない阪神へのせめてもの抵抗や!」と。
「納得」である。
 
ショートステイの「間」を訪ねると
なにか探しモノをしているような?
落ち着きのないEさんに会う。
 
あいさつも「漫ろ」な
その反応が気になる。
 
良く観察すると
「トイレ」かもと
第6感が働く。
 
その旨、そっと職員に告げ
朝礼に向かった。
 
言葉を交わす時間は
分単位である。
いや、秒単位の時も在る。
 
でも、
そこに見る「姿」は
かけがえがないほど「尊い」。
 
その瞬間にしか
「存在しない」
二度とない
「姿」である。
 
果たして
どれだけ
「その瞬間」を大切にする
介護が
できているだろうか。
 
改めて
時の意味を考えて欲しい。
 
時は「瞬間」の連続である。
そして、
 
それは、
「瞬時」にして去っていく。kazu
 
 

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posted by カズ at 18:17 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2009年08月10日

小さな大先生

 事務所で執務をしていると、

どこからともなく
歌声が漏れてくる。
  
ドアを開け覗いてみると、

気持ちよさそうに歌う人、
手拍子で調子を取る人
ただ聞いているだけの人

参加の仕方は、
人それぞれである。

強制する人は「誰も」いない。
[自由]、そのものである。

それでも、いや、それゆえに
どの顔も「実に」楽しそうである。

ここしばらく
毎日のように
地下のホールが
カラオケスタジオと
化している。

三々五々と、
どこからともなく人が集まってくる。

その光景に触れるだけで、
元気が出てくる。

とてもいい光景だ。


ところで、
今日も部下から原稿を預った。

今日はわが子とのひとときに感じたことのようだ。

『家に帰り、ホッと一息つき、子供と一緒に遊んでいると、

子供の発想の柔軟さに驚かされることが多々あります。
 

このような柔軟さが、自分の仕事の中で生かせれば、

様々な発想を生み出すことが出来るだろうと感じます。 

日々、仕事をしていると気づかないうちに

当たり前と感じていることが増えています。
 

この業界で、よくあるのが『業務優先型介護』です。 

どうしても、限られた財源の中で、運営していこうとすると

人件費を抑えてしまい、業務に追われる事が多くなってしまいます。

利用者への気遣いより、業務に対しての気遣いや同僚に対しての気遣いが

中心になってしまいます。
 

これでは、介護での喜びを感じることは出来ません。

しかし、少し頭を柔らかくして考えてみると
 

人員を増やすことが出来ないなら、
業務内容を見直し、
業務に追われない介護を目指す!!
となります。
 

これが、柔軟な発想への第一歩だと思います。

自分の「介護への想い」を忘れない為にも、頭を柔軟に…。
わが子から教わりました。』


本当にそうだなと思う。

間違いなく、
柔軟な頭(思考)と
柔軟な発想力が
求められる「世界」である。

ホームページの挨拶でも
記したように、

『ハードル(壁)は、
作られたハード(建物や人員基準等)にあるのではなく、

働く私たちの心の中にある。

介護は、感性(気づき)に始まり、
その関係性は芸術(アート)で終わる

非連続的な行為である。』

kazu


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2009年08月09日

I love me!! I love me!!

8月8日。
夏の甲子園が始まった。
真夏の強い日差しが照りつける。
 
やっぱり
青い空と入道雲が実によく似合う、
聖地だ。
 
開会式が始まった。
 
選手入場!
のアナウンスに
 
緊張した顔が入ってくる。
 
何故か
こちらまで
 ドキドキする。
 
緊張感が走る。
 
ただ、それだけなのにだ。
 
胸が熱くなる。
込み上げてくるものまである。
 
甲子園は、見る者に
特別な感動を与える。
不思議な場所だ。
 
開式も
いよいよ、フィナーレへと進む。
 心臓の鼓動がさらに高鳴る。
 
選手宣誓である。
 
映し出される選手の
表情からは
 
落ち着きを感じるが。
果たしてどうなのだろう。
 
大会会長の前に進み出る。
さあ、いよいよ
宣誓!
 
と思いきや
徐に右ポケットからメモを取り出す。
 
そして
臆することなく
堂々と大きな声で読み上げる。
 
アッパレである。
伝えたい思いが、あのような
行動に至ったとか。
 
間違いなく
記憶に残る宣誓であった。
 
 ところで、
部下からの投稿があった。が、気づかずにいた。
申し訳ない。
 
理念にある「人間性の向上」について
思うことがあったようである。
 

『当施設では、運営理念に「…知識・技術の研鑽と人間性の向上に努めます」があります。
(参照:社会福祉法人 藍山会 運営理念)
 

この中で一番難しいのが「人間性の向上」だと思います。
どうすれば、自分を高める事が出来るか考えて見ました。

 
《自分自身を見つめなおすこと》が
重要ではないかと思います。
他者の良い所や悪い所は
気付きやすく見習ったり、注意したり出来ます。
しかし、自分の長所や短所には気づきにくく、

見つめなおすことは難しいです。

自分で気づきにくいなら、

「他者からの注意を受け入れる謙虚な姿勢を持ち合わせること」
ではないかと思います。
自分を高めることに、これからも精進したいと思います。』
 
人に携わる事を生業とするものとして
大切なことに思いが留まったようで嬉しく思う。
 
人間性の向上を図るには、
全ての葛藤を人のせいにせず
自分の責任と
受容できる
精神的強さが必要である。
 
同時に、自分の貧しさや愚かしさを
十分認め受容できる寛大な心が必要である。
 
あなたは、自分に対してI am OK。と許可を与えていますか?
 
人間性の向上とは、自分を「愛する」こと、I love meである。 
kazu
 

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2009年08月07日

yes we can!!

金曜日のあさ。
 
車から見える空は、高く、高く、
「秋」そのものだ。
 
金曜日というのに、
いつもと様子が違うのは 何故?
 
そう、極端に車の数が少ないのだ。
 
三菱自動車とJFEを抱える水島方面への幹線道路
なのに、である。
 
いまだに、レイオフが続いているのだろうか?
 
景気は底打ちしたと聞くのにである。
 
この車の量を見る限り、まだまだ程遠い気がする。
 
暑い中を、
久しぶりの訪問客があった。
 
「受付」に立つなり
挨拶代わりに、「ここは暑いなー」である。
 
そうなのだ。
西日を遠慮なくうける「受付」周りは、
 
誰もがぼやく
「特別な暑さ」なのである。
40度どころの騒ぎではない。
冷房が暖房かと思うほどである。
 
「何とかして〜」とのブーイングを受け、
見積を取った。
 
その額を見て
頭を「横」に振るしかない。
 
結局この夏も
出せるカネがなく、
汗まみれで仕事するしかない。
「見積書」は当然、お蔵入りである。
 
いつになったら、
「快適な」空間が実現できるのだろう。
気が遠くなる。
 
「脱水」にならなければいいが。
 
ところで、訪問客の話に戻そう。
氏との出逢いは、
 
実は、「地域」の資源とどう繋がっていくか悩んでいた時だった。
 
授産施設で「花」を栽培し
交流を求めている施設がある
との話を持ち込んでくれた。
 
是非、繋いで欲しいと懇願した。
 
そして、
 
この春、
 
玄関周りが、「花畑」に生まれ変わる
 
「形」で
 
実現した。
 
1つの「資源」、「地域」と繋がった。
 
その「関係」は、
この夏
 
22日の夏祭りへの、
参加という形へと進化した。
 
「yes we can」!!
である。 
kazu

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posted by カズ at 17:22 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2009年08月06日

武者ぶるい

昨夜、久しぶり夕食を共にした。
 
ちょうど1年前「縁」があって結ばれた仲である。
個性派揃いで話が弾んだ。もちろん、胃袋も弾んだ。
 
これからの「夢」も大いに語り合った。
オーナーは絵に描いた「餅」にしないで、
 
「実行」
 
を促された。
 
身に余る光栄とはいえ、
新たな責任の重たさを感じた。
 
「武者震い」がする。
 
席上、先日の「ボーリング大会」のことが話題になった。

(参照:始めてのボーリング大会)
 
ジュース配りでその「力」を存分に
発揮していただいた??ところであるが、
 
あのわずかな時間でその場の「雰囲気」と
「人間模様」を
的確に察知しておられた。
 
オーナの眼力には恐れ入った。
 
さすが「オーナー」である。
まちがいなく、「器が違う」.
 
 
そのオーナーの下で働ける「私」は、
 
「幸せ者である」。
 
「お年寄り」のような(失礼かな?)
生活スタイルの「私」は、
 
眠気に襲われ(21:30ごろ)
 
一足先に失礼することにした。
 
see you again !次回の「ボーリング大会」で!!をあいさつに。
 
楽しいひと時であった。
改めて、感謝したい。 
ありがとうございました。
kazu
 

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posted by カズ at 11:33 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2009年08月05日

念願の第一歩

ここ岡山もやっと梅雨が明けた。
 正確には、明けた「模様」とのことである。
 
なんと56日ぶり、観測史上最長という。
 
「晴れの国 岡山」では珍しいことか?
 
そのせいか、糖度を誇る岡山の名産 
「清水白桃」も今年は微妙とか。
 
それでも、美味しく感じるのが、「岡山の桃」である。
 
今日は、22日開催の「夏祭り」の案内のため
町内を回って来た。
 
就任早々掲げた「地域に開かれた施設」。

(参照:社会福祉法人 藍山会 運営理念)


「籠の鳥」状態の仕事の毎日で、
この1年間地域に出ることができなかった。
 
昨年の夏、裏山にある「竹林」を眺めながら
七夕を前に淋しい思いをした。
 
秋にはフェンスの向こうにたわわに実る
みかん畑を見ながら
「みかん狩り」をさせてあげたいと願った。
 
しかし、
 
「かなえてあげること」ができなかった。
 
「地域」は、そこにあるのに、
その垣根は
とてつもなく「高いもの」に感じた。
 
そして、今日「やっと」
町内を歩くことができた。
 
 
さすがに、陽ざしは強く、
歩くだけで
「体力」が奪われていく。
 
心地いい汗とは嘘でも言えないが
「地域」のために汗を掻く必要を
肌で感じた。
 
この一歩の意味は大きい。
大事に育てて行きたい。
 
kazu

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posted by カズ at 17:05 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2009年08月04日

風を感じて

休み明けの仕事は、
うず高く積まれた書類の山に目を通すところから始まる。
 
朝礼の席で事故報告や入院事例に対する思いを告げた。
 
介護事故の場合、まさか、この人に、こんなことが起こるはずはない。
との思い込みが、事故を誘発する。
 
何でも起こりえる!という考えの下、危険予知についての検討をして置くべきである。
 
また、認知症の食事介助については周到な計画の下、ケアに当って欲しい。
 
食事中「かきこむ」傾向がある。
との情報を共有して、どんなケア計画が立っていたのだろうか?
 
見守っていれば大丈夫という過信はなかっただろうか。
そんな仮の世界は認知症ケアに通用しない。
 
いつ、どこでも、考えも付かないことが起こるのである。 
大丈夫!という過信は、必ず事故を生む。
 
いつ、どんなことがあっても、
助けられる位置に必ず「在る」こと
現実に対応することが
認知症ケアの原則である。
 
それでも、対応ができないほど認知症ケアは難しく、奥が深い。 
 
ところで、先週末の宿題をしながらパソコンに向かっている。
 
しかし、
 
採用予定者の研修先への訪問時間が迫り「上書き保存」にして出かけることにする。
 
研修先の社長から嬉しい報告が今朝届いていた。
楽しみな新規採用だ。 
再会が楽しみである。
 
明日は、夏祭りのため10を超える町内会長宅への訪問も待っている。
 
思いがけない計らいである。
 
いい風が吹いている気がする。
 
時を得て吹いている、
この「風」を大切にしたい。kazu
 

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posted by カズ at 16:37 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2009年08月02日

時は金なり

朝がた滝のような雨音で目を覚ました。
散歩を取り止め、先日恩師から頂いた「本」に目を通した。
 
静かに1日がスタートしたなと
小さな幸せを感じていた。
 
とその時、突然、携帯がなった。部下からの電話、嫌な予感がする。
案の定、転落事故の連絡だ。
 
考えられない事故の報告に、内心「怒り」が込み上げてくる。
一瞬にして静かな時間が飛んだ。
 
雨も上がり雲間から陽射しも見えている。
ひとりの時間が欲しくて出かけてきた。
 
ひさしぶり自分と向き合った。
セルフ・コントロール出来ていると思って毎日を過ごしていたが・・・、
 
「過信」している自分に気づいた。
大きな「過ち」を犯すところだった。
 
改めて、静かに向き合うことの大切さを受け止めた。
 
更に、従うことの大切さを受け止めた。
 
帰ろうとすると
多くの仲間が声をかけハグをしてくれた。
半年もの時間が空いていたが
大事に思ってくれていとことが肌を通して伝わってくる。
 
ありがたいことだ!!
 
 
しばらくすると、部下から「結果」の報告があった。
何事もなく無事であったとのこと。
ひとまず安心した。
が、あってはならない事故、本当に心が痛む。
 
 
ところで、昨日に続き、部下から原稿を預かった。
面談をした時の感動物語である。 

 少しでも、皆様の心が晴れやかになればとのメッセージがついている。

『先日、職員と面談をした時の事です。
その職員の前向きな考えや謙虚な気持ちを感じながら、一時間程度の面談を終えました。

まさにその時です。
 
「貴重な時間を有り難うございました。」と職員から一言。
思わず、「いえいえ。貴重だなんて…」と応えましたが、
その職員の一言により心が豊かになりました。

「貴重な時間」を頂けたのは私の方だったと、後々気付きました。

時は金なりと言いますが、

実際は換金することも、
取り戻すことも出来ないのが「時」です。

高齢者介護に携わり、今まで何度も後悔し、同じ過ちを侵さないようにと心掛けてきました。
しかし、後悔しても取り戻す事は出来ません。

一瞬一瞬を大切にし、「貴重な時間」を増やせれば、幸せな人生を築けるのだなと改めて感じました。』

 
人が織りなすドラマが毎日繰り広げられているようである。
「与えて受ける」この恵み、大事にしたいと思う。
 
8月最初の日曜日、どんな休日だったでしょうか?
良い時間を過ごさせていただいた。
今日の1日に感謝である。
kazu
 
 

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posted by カズ at 18:42 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2009年08月01日

言葉のちから

日めくりが1枚捲られた。
新しい月の始まりだ。
 
今日から8月。
朝から激しい雨に見舞われた。
 
陽水や拓郎が歌った「夏」の風情は、
何処を探してもない。
 
このまま、少年の日の思い出として消えていくのだろうか。
 
今日の新聞の一面にも、秋の七草「オミナエシ」の満開が報じられていた。
 
どこか変な夏である。
 
ところで、部下から投稿を頼まれた。
側にいてブログを書く私に触発され、
 
自分を見つめることが多くなったと言う。
 
彼の感じた思いを私なりに咀嚼してお伝えしたい。
 
 
ある職員との面談に臨んだときである。
 
『彼女は「ある職員を傷つけていたことを知った。
アドバイスのつもりが・・・。
結果的に誤解を招き、落ち込ます結果になってしまった。
改めて、コミュニケーション力の低さを感じた」と
 
謙虚に語ったと言う』
 
改めて、言葉の持つ「力」について考えた。
言葉は人を「活かす力」にも「殺す力」にもなる。
言葉は言霊そのものである。
 
今一度、人に言葉を伝えるとき
「その意味」と「思い」を深く考えたいと思う。
 
良い気づきを与えられた。とのことであった。
 
 
 本当にそうだ。と思う。
 
私など毎日失敗している。
ブーイングの嵐である。
たびたび顰蹙を買っている。
恥ずかしい限りだ。
 
少しは、部下の姿勢を見習いたい。
 
ただ、こうしてブログへの投稿をしてくれたこと歓迎したい。
立場を超えて
職員が思いを語ってくれるものになれば
望外の喜びだ。
 
8月のスタートにまた、新たな1ページが加わった。
人生は無常だ。
だから、楽しい。
 
この8月が、恵み豊かなものになるよう祈りつつ、今日の1日を閉じたい。
kazu

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posted by カズ at 19:02 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2009年07月31日

ミッションに

7月最後の1日である。
 
夏の陽ざしが容赦なく照りつけている。
「うだるような暑さ」とは、こういうものか。
 
今日は、給与及び賞与の支払日であった。
 
これまで、再建の仕事を何回も何年もしてきたが
 
「特養」の経営は難しい!!。が、率直な感想だ。
 
 
今日も熱発者が出て入院を余儀なくされている。
 致し方のない現実とは言え、
そのたびにハラハラ・ドキドキである。
掲示板に目をやるたびため息が漏れる。
 
それでも、いや
にも、関らずである。
 
今日も無事支払ができた。
ほっと、胸をなでおろす。
そして、手を合わせる。
 
毎月繰り返される行為とはいえ、今日は特別である。
「査定」という「評価」も加えなければならない。
 
さらに、今日は人事異動も発令した。
人それぞれ、「例外なく」悲喜こもごも
 
であることには違いない。
 
計画人事ができない現状、人繰りは 
厳しさを増している。
 
みんなが、悲鳴をあげている。
どうにかしてあげないと
誰かが倒れてしまう。
 
できることは、さほどない。
 
異動を懸け
少しでも
「負担」を分け合うことぐらいか。
 
「すまない」という気持ちを抱きながら、
異動をお願いした。
 
「施設長」という仕事は、本当に胃が痛む。
そして、心の痛む仕事だ。
孤独に耐えられないとできない仕事でもある。
 
 ようやく
今日も無事1日を終えた。
 
早いもので、7/1ブログを書き始め今日が晦日である。
部下のプレゼントは、私を正気に戻してくれている。
 
心を研ぎ澄まさないと聞こえて来ない「声」をこの間いっぱい聞いた。
ブログの向こうに居る見えない「読者」にその声を形にして
正直に分かち合ってきた。
思いの丈を伝えてきた。
 
ありがたいことに「コメント」を下さり励ましも戴いた。
 
こうして1ヶ月経つと、私の 思いは
だんだん1つになって来た。
 
そうだ。
ブログをこの世界で育ててもらった恩返しの機会にしよう。
 
何年続くか?それは分からない。
 
これからの、私の「ミッション」としてブログに向かおう。
と、思う。
 
嬉しいことに、
今日は職場の仲間が「岡山の白桃」を持ってきてくれた。
岡山に越して14年余り。
子どもたちは岡山の桃が大好きだ。
 
父からのささやかな「ボーナス」である。
子どもたちの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
 
この一月をありがとう。
感謝して家路につくことにする。kazu

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posted by カズ at 18:33 | コメント(2) | TrackBack(0) | メッセージ

2009年07月29日

野の花のように

小さい秋・・・見つけた??
 
散歩の途中、一瞬目が釘づけになりました。
そう、目が点状態です。
 
 まさかと思い立ち止まってじーっと見つめます。
 
花の名前などチンプンカンプンの私でもです。
秋桜の姿・形ぐらいは・・・・。わかります。
 
本当に驚きです。
可憐な秋桜(コスモス)が、咲いています。
こっち向いてってラブコールを送って来ます。
 
あなた、今咲く花だった!といぶかしい視線を送ると
拗ねたような表情をします。
 
えっ、秋桜っていつ咲くんだったけ??
 
夏?秋?こっちの頭までが混乱を来たします。
 いったいどうなっているの?
 
いまごろ、咲く秋桜がおバカさん。
それとも・・・秋咲くもの思い込んでいる私がおバカさん?
 
間違いなくこの異常気象のいたずらに違いありません。
 
 
早いと感じて訝しがるのは私の思い上がり。
だって、野に咲く花はただ全てを委ねて生きている存在ですもの。
 
そこに咲く秋桜は、間違いなく初秋を感じて咲いているだけです。
 
全てを委ね、人になんと思われようが、咲いている、野の花のようでありたい。 
 
 
 
帰り際、一本の電話がなった。
アラノンステップセミナーで10数年ぶりにあった前職の仲間からだった。
 
「再会をありがとう。その時の感動を病院発行の新聞に載せたい。原稿を送るから承諾を」
との内容だった。
 
改めて、出逢いの不思議さをかみ締めた。
神様からのご褒美だ。
神様ありがとう。kazu
 
 

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posted by カズ at 18:42 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2009年07月28日

手を合わす

手を合わす。
 
ここ丘の上までの道は、細い山道である。
山から迫り出す草がその幅をきかしている。
 
何とかならないかなーと気にはかかる。
でも、何をするわけでもない。
 
ひとごとのように!
見て見ぬふりを決めていた。
 
それが、である。
 
今日通ったら綺麗に刈り取られていた。
「太陽の丘」と書かれた看板が水を得た魚のよう輝いている。
 
これが本来の「看板の姿」なのだと、しばし見とれて感心する。
 
多分に地区のみなさんが早朝から総出で刈り取って下さったのだろう。
本当にありがたい。
 
事務の者に「回覧板」は来てなかった?と尋ねても頭を横に振るだけである。
 
そうなのか???まだ回覧板は届いていないのか。
 
地域の一員にはなれていないんだと知った。
これが、現実。やっぱり、厳しい。
そして、寂しい。
 
次の機会にはと心を新たにする。
 
それでも、嬉しくて、嬉しくて手を合わせた。kazu

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posted by カズ at 17:50 | コメント(1) | TrackBack(0) | メッセージ

2009年07月27日

ちいさな幸せ

幾日ぶりでしょうか。
 
太陽が戻ってきました。
空を覗くと入道雲が手の届くところに幾重にも出ています。
 
それなのに、丘を吹き抜ける風はカラッとして心地よいです。
 
今朝、ささやかですが嬉しいことがありました。
その感動物語は、とてもとても小さなできごとです。
 
いつものように居室に朝の挨拶に伺うと、
だれだれさんおはようございますと声をかける。
「はい」とはっきり聞こえる声が返ってくるではありませんか。
 
「えっ、声が出た!!」咄嗟のことにびっくりです。
 
すごい、表情までもが喜んでいるように見えます。
ひょっとしたらもうちょっと会話ができるかもしれないと少し欲張って見ました。
 
「よく休めました」と言葉を次いでも、まったく反応はありません。
いつもの光景に逆戻りです。
 
「はい」という言葉を返してくれたことだけ、十分かみ締めればいいものを。
つい、欲張って次を求めたばっかりに、「ガッカリ」という余分な気分を味わってしまう始末です。
 
「足るを知る」いつも戒めて生活しているにも関らず、この様である。
幸せに留まるということは難しい。
 
こうして、また1つふとしたできごとで「自分を知る」ことができた。ありがたいことである。
 
ブログを書き終え、「帰ろう」とした時、娘からの電話である。
「何時になる」「これから帰る」「アイスお願い」!!
 
留守を預っている子どもへ手土産つきだ。kazu
 
 
 

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posted by カズ at 19:35 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ