2010年01月26日

何でも屋!

22.1.26(340)
慌しく 1日が 終わった。
事務引継ぎも 終盤である。
 
給与計算も 無事 終わった。
赤ペン先生から たくさんの 指摘と指導を 受けた。
 
赤ペン先生は あと1ヶ月すると 産休に入る。
果たして その穴を 埋められるか。
内心 不安である。
 
ただ 最近来た ピンチヒッターは 実力者である。
頼りがいが あるだけに
多分 だいじょうぶ。
大丈夫と 信じている。
いや 大丈夫と 箍を 踏んでいる。
 
ただ 人任せにすると 箍が 緩む 性分である。
気を引き締めて 引継ぎをしたい。
 
特養と 言えども その内実は 中小零細企業である。
家内工業的でもある。
三ちゃん農業と そう 変わりはしない。
 
施設長と 言えども
人が 居なけりゃ なりふり構わず 仕事するしかない。
そんな 潤沢な お金や 有用な 人材があるわけではない。
 
働くものは 自ずと 何でも屋に なるしかない。
求めるわけでは ないが それぐらいの 気概が 欲しい。
 
そこまでしないと 「再建」は のぞめない。
 
kazu

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posted by カズ at 18:22 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年01月25日

一流の「思考法」!

22.1.25(341)
ここに 1冊の 本がある。
 
同じ 仕事を するなら 一流でありたい。
たぶんに
だれもが 思うことであり 願っていることであろう。
 
ただ どうすれば 一流になれるのかが 分からない。
それが 多くの人の 思いでは なかろうか。
 
たまたま 偶然に 手にした本が ある。
「一流の 思考法」と言う 本である。
 
実に 興味深く 読ませてもらった。
共感することが いっぱいあった。
 
筆者は シアトルマリナーズの トレナーである。
「イチロー」の トレナーでもある。
WBC時の トレナーを 務めた 人でもある。
 
彼が そばにいて つぶさに見てきた 現実を 言葉化したものである。
彼だから 書けたことである。
かなりの 力作である。
目に 鱗である。
 
結論から言えば
その 思考法は 実に シンプルである。
 
野球で言うなら
「無意識に 体が 反応する 人になる」
それが 一流たる 所以である。
 
しかし
そこまでに 到達するプロセスが すごい。
並大抵の 努力ではない。
なかなか 凡人には 出来ないことである。
 
365日 24時間 ほぼ 同じ生活を 寸分 違わず 繰り返すのである。
それでないと 身につかない。
 
それ以上に すごいのは
それを 実践できる 「こころの 力」が あるということである。
強い 精神力が あると言うことである。
 
一流を めざしたいならの 条件つきではあるが・・・。
一度 手にして 読んで見て欲しい。
 
彼は トレーナーらしく 次のことを 提案している。
「体が 変わると 意識が 変わる
意識が 変わると 行動が 変わる
行動が 変わると 人生が 変わる」
 
東洋医学を学んだ者として 共感を覚えることでもある。
呼吸を ゆっくり 深く 味わうことを お勧めしたい。
kazu

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2010年01月24日

「海」って何?

22.1.23(342)
公開 初日 映画を 見に行ってきた。
「OCEANS」で ある。
その映画は ある少年の 一言から 始まった。
「海って なに?」
その規模が 壮大である。
構想から10年 撮影期間4年 世界50箇所 撮影70回 そして100種のいのちたち。
制作費70億円 映画史上最高のドキュメンタリー映画である。
初日と言うことで 観客も 多かった。
子供連れも 多く 感心した。
海と言えば あらゆる生き物の 源である。
地球の 70パーセント以上を 占める。
その 「海」の 神秘を 探るため カメラが 入ったのだ。
どれだけ 海のことを 知っているかと 言えば 皆無に等しい。
ほとんど 知らない。
子どもが 小さい頃 泳ぎに行ったぐらいである。
時に 誘われ 釣りにも行った。
ロマンチックに 沈む夕日や上る朝日を 眺めに行ったぐらいだ。
いずれも 地上や船で見た 海しか 知らない。
ロケットの 打ち上げで 宇宙の 美しさや
宇宙から見た 地球の美しさは 何度も 見た。
映画 「EARTH」で 地球の 美しさは 伝えられた。
もちろん 感動を覚えた。
すばらしい 映画であった。
「海の中」は 未知なる 世界である。
カメラが 海の生物に 寄り添うように 映し出される。
図鑑を はじめてみるような 驚きの連続である。
時速50キロ余りで走る イルカに 寄り添い カメラが回る。
見る側も 一緒に 泳いでいる 感覚だ。
その ぶれない カメラワークに 驚く。
海に住む 生態系が こんなに 明らかにされたのは もちろん 初めてである。
汚されていない 海の 青さ 美しさは この世のものとは思えない。
美しい 神秘的だ。
宇宙の 惑星の 美しさに 劣ることはない。
地球温暖化で 北極圏が バランスを 失い始めている。
そこに棲む 生き物たちが 危険に さらされている。
人間の 商業化のため 命が 奪われて 行っている。
見るものの 心を 抉る。
この映画を 通して 感じるものは ひと それぞれである。
私は 海の神秘と 現実を知ることが 出来た。
なにより その 美しさを 脳裏に焼き付けることが出来た。
焼き付けて おきたかった。
「海って なに」と 問われても 答えは 持ち合わせていない。
ただ 人間の手で 「いのちの 源である」 海を 汚しているのは 事実である。
海から 生まれた いのち。
いのちの母である海を 守ることは 私たちの責任である。
今日から 海と共存するため 何が出来るか 考えながら 生活をしようと思う。
そんなことを 考えさせられた 映画であった。
「海」からの 今世紀 最大の 提言である。
あなたは 何を 受け取りますか?
是非 見に行って 欲しい。
お子さんのある人は お子さんと 是非。
kazu

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2010年01月23日

祈りが届いた!

22.1.23(343)
祈りが 聞き届けられた。
感謝である。
ご協力に 改めて 感謝したい。
 
抽選に めっぽう 弱い わたしが 当選を 当てた。
「やったー!!」
こころの中で ガッツポーズを した。
それほど 嬉しい できごとであった。
 
16人の枠に 26事業所が 抽選に 参加していた。
やく 半分の 確率である。
 
予備抽選順に 抽選器を 回していく。
当選の印である 白玉が 次々に 出る。
 
「やばい」
 
そんな 気持ちが よぎる。
「あかん あかん。プラス思考 プラス思考」と
言い聞かせながら 順番を 待った。
 
そして 番号が 呼ばれた。
 
祈りながら 歩を 進める。
ゆっくり 思いを込め 抽選器を まわす。
1回転したとき
時を しばらく置いて
「白玉」が ポトリと 落ちてきた。
 
「やったー」
 
感激を 押し殺し
その場で 頭を下げ 席にもどった。
 
こんな 緊張した 時間は 久しぶりであった。
感動したのも 久しぶりであった。
 
「介護従事者人材育成支援事業」の 抽選会での できごとである。
 
今年は 出だしから 「ウン」が ついている。
kazu

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2010年01月22日

責任を引き受けていますか?

22.1.22(344)
あなたなら どうする?
 
住人の中には 当然 困惑する人がいる。
居て 当たり前である。
全てが 紳士・淑女という訳には いかない。
時には モンスター並みの 桁外れの人もある。
 
馬が 合わない人もいる。
どちらかと言うと 苦手な人も居る。
好きになれない人も居る。
全く 嫌いな人も居る。
 
動く 思いや感情は さまざまである。
 
そんな やり切れない思いで 仕事をしているのも 事実である。
 
その 解決方法も 見ていたら さまざまである。
 
相手の問題にしてしまって 終わりタイプもいる。
これが 最も 多いかも しれない。
また これが 厄介である。
 
権威を盾に 押さえに かかる人も居る。
その場は 納まっても 再燃する。
 
中には 触らぬ神に 祟りなしタイプもいる。
見て 見ぬふりを する。
 
火の粉を 被らないように その場をしのぐ しのぎ屋もいる。
実に いい加減な対応である。
良い子ちゃんを 装う。
結果的に チームケアを だいなしにする。
それだけでは 終わらない。
職員同士が 仲が 悪くなる。
 
ごくわずかであるが どうしたら 上手くいくのか 悩む人も いる。
その 糸口は 見つからない。
 
いずれの 方法も 残念だが 問題解決には 至らない。
回転木馬を 回し 続けるだけである。
ただただ エネルギーを消耗するだけである。
いつか バーンアウトするのが 落ちである。
 
それだけで 済めば良いのだが・・・。 
 
さて 上手くいかないのは どうしてだろうか?
 
結論を 言うと 相手に 原因を 求めるからである。
相手に 原因が あるわけではない。
「ミラー現象」言い 自分の 心が 映し出されているに過ぎないのである。
 
自分の あり方を 変えない限り 解決は ない。
人間関係は 相互関係である。
 
上手くいかないのは あなたのせいである。
実は 100パーセント そうなのである。
 
受け止められますか?
 
今日の 最後に お願い事を1つ。
わたしのために 祈って 下さい。
kazu
 

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posted by カズ at 12:35 | コメント(3) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年01月21日

住人の望み!!

22.1.21(345)
住人は 良く 職員を 観察している。
人物評価が 実に 適切である。
なるほどと うなずくことが 多い。
 
人事考課を 頼んでみたいほどだ。
間違いなく 優れた 評価をするに 違いない。
 
住人は いったい 何を 望んでいるのだろうか?
 
飛び切り美味しい 食事であろうか?
楽しい クラブ活動であろうか?
毎日の 入浴であろうか?
毎日の 外出であろうか?
退屈しない 生活であろうか?
 
静かに 耳を傾けてみる。
そんな 声は 聞こえてこない。
 
老い先 短い 人生である。
全てを 預けている 身である。
全てを 委ねている 身である。
 
自由が 保障されているとは言え
ある 範囲においてである。
自分の 思うようにはならない事のほうが 圧倒的に多い。
自ずと 限界がある。
 
そんな身にあって 望んでいる事って なんだろうか?
 
それは
小さな優しさであり
小さな親切である。
優しい 声かけであり
柔和な 表情である。
 
しずかに 平安に 毎日を 過ごしたい。
ただ それだけである。
 
どれほどの人が その望みを 叶えて あげられているだろうか。
 
ショートステイの 問合せがあった。
担当が 午後 出張で 不在していた。
 
最終的な 確認は 明日と言うことで 電話を 置いた。
即 答えが 欲しかったのだろう。
まもなくすると キャンセルの 電話が 入った。
申し訳ないことをした。
 
その後 ホームページに 空き情報を載せていることを 思い出した。
遅きに 失したが・・・。
 
活用していただければ ありがたい。
kazu

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posted by カズ at 17:14 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年01月20日

なぜ 体操なのか?

22.1.20(346)
今日は 大寒である。
暦の上で 最も寒いとされる 時期である。
 
なのに この 暖かさである。
あちこちから 梅の 開花の 便りが届いた。
 
散歩しても 汗ばむほどである。
 
通勤途中の 光景に 目が 留まった。
 
始業前である。
ラジオ 体操をしている。
危険の伴う 仕事だけに 体を動かし 準備をしているのだろう。
 
ただ やっている 姿を見ると
ひと それぞれで ある。
 
もちろん 真面目に 体を 動かしているひともある。
反対に いい加減な 態度で 体を動かしている人もある。
更には 全く 体を 動かさない 人もある。
 
見ていて 可笑しくなった。
まったく ばらばらである。
 
この 界隈では 名の通った 一流企業である。
にも かかわらず。
 
この 3者3様の 態度の違いは いったい 何なのだろう。
リスクに対する 考えが 徹底しても 実態が こうなのか。
はたまた 全く 徹底が 図られていないという ことなのか。
 
その 光景を見て 考えさせられた。
 
たかが 体操如き なのか。
されど 体操なのか。
 
その意識の 違いは 大きい。
もたらす 結果は さらに 大きい。
 
どうして 大人と言うのは これほどに わがままなのだろう。
素直に 従うことができないのだろうか。
 
徹底すべきことが 徹底できない 「組織」は 実に もろい。
もちろん 多くの リスクを 抱えることになる。
 
そのことが 分かっているの だろうか。
 
貴重な 朝で あった。
その 戴いた宿題は 重たい。
でも 取り組む価値のあることに 違いはない。
勇気を 戴いた。
「よし やろう」
kazu

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posted by カズ at 13:55 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年01月19日

灯台下 暗し!!

22.1.19(347)
眼下の街並みが 春霞に 蔽われている。
小春日和の 午後である。
 
新年 初めての 評議員会・理事会があった。
理事長はじめ みんなが 元気に 顔を合わせることができた。

何より 嬉しい。

やっぱり 健康が 一番だ。
良い 新年を 迎えられた。

何か 良いことが ありそうな 予感がする。
 
席上 T理事より ありがたい 報告があった。
昨年末 JFEのOB 40数名余りが もちつきに 見えた。
職員の数も 少なく 特別な おもてなしが 出来たわけではない。
一方的に お世話になったのが 現実である。
その上 おもちの お裾分けまで 戴いた。
 
にも 関らず 「良くして頂いた」と 相手方には 映ったようである。
職員の 態度が よかったのであろう。
わざわざ 代表から お礼の言葉を 預かったとのことで
代わりに 丁寧な あいさつを 受けた。
 
これまた 嬉しい 出来事であった。
 
灯台下 暗しが 常である。
人のことは 見えても 自分のことは 見えない。
 
事実 そのように 映ったとしたら 望外の 喜びである。
褒められることが ないだけに 気分は 良かった。
もちろん まんざらでもない。
ついつい 饒舌になって 職員より お叱りを 受けることになる。
 
たまのことだから 許してもらいたい。
たまには こんなことが あっても 良いか。
 
ただ 灯台下 暗しは 考え物である。
気を つけなければならない。
 
自分が 見えないひとは 自分が NO1と 思っている。
自分が 1番 偉いと 思っている。
自分は 正しいと 思っている。
悪いのは 相手で 自分ではないと 思っている。

 
無責任である。 

極めて 自己本位である。
わがままである。
自己中心である。
始末に悪い。
 
あなたは 灯台下 暮らし派?
それとも 人の振り見て わがふり 直す派?
 
謙虚さが 一番である。
やはり 美しい。

kazu 

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2010年01月18日

きっと いつか!

22.1.18(348)
けさ 情報公開につき 調査員の訪問を 受けた。
年1回の 定期訪問である。
事前に 報告事項は 提出してある。
 
それに沿って 調査を 受けた。
 
わたしは この制度自体は いいものと 思っている。
1年に1回 第3者の目で  評価を受けることは 意味がある。
この1年の 取り組みの 振り返りが 出来るからだ。
 
ただ その評価項目が 適切かどうかには やや疑問がある。
本当に 知りたいと思っている 評価項目に なっているのであろうか。

制度が 始まって 数年経つ。
果たして 結果の公表が どれだけ 利用者・家族に 「事業所の真の姿」が 届いているのであろうか。
どれだけの 人が 閲覧して くれているのであろうか。
施設を 選ぶときの 参考になっているのであろうか。
 
事業者には 見えない。

それだけに この制度の本当の姿が わからない。
 
この職について 1年半。
もっとも あたまを 痛めるのが 採用である。
ちいさな 法人では なかなか 計画的な人事が できない。
 
時には 予期せぬ 退職者が 出る場合もある。
そんなとき 助けになるのが 派遣等の会社である。
日頃の 人間関係が ものを言う。


ごご 訪問を 受けた。

人材の 紹介には 至らなかった。

それ以上に
いろんな 情報提供を 受けた。
研修会の 案内も いただいた。
 
ありがたい。

その 誠意が 嬉しい。
助けられた。


 

ひとは 誰であっても 「財産」である。
力である。
 
いつか きっと 実を 結ぶであろう。
感謝!
kazu

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posted by カズ at 15:58 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年01月17日

阪神・淡路大震災が残したもの

22.1.17(349)
1.17 忘れられない日を 迎えた。
阪神・淡路大震災から 15年である。
 
あさ 5:46分に 犠牲者に 黙祷を 捧げた。
 
あの日 出社途中の パーソナリティーの 緊張したレポートで 始まった。

 

たくさんの 命が 奪われた。
その中には 知り合いも あった。
 
あれから 15年。
残された 家族は どうしているのであろう。
 
「とき」は ひとのこころを 癒してくれる。
15年と言う「とき」は

悲しみを 乗り越えるに 充分な力を 与えてくれた ことだろう。
現実を 生きるに 充分な癒しを 与えてくれた ことだろう。

だから 今日と言う日を 迎えられたのだ。


ただ 1.17を 迎える度に 当時の悲しみに 誰もが 触れる。
避けることは できない。

それほどの できごとであったのだ。
 

だからこそ 震災を 風化してはいけない。
風化させては いけない。
命の バトンタッチを しなければいけない。

語り継がなければいけない。


当時 毎日のように 中島みゆきの「時代」が ラジオから 流れた。

たよりは ラジオからの 情報である。
被災者に向かって 励ましが続いた。

身近な 情報を流して くれた。
「どこどこの 銭湯が 開いている」と言った 情報まであった。
救われた 思いをした。

ひとが 一つになって いくのを 感じた。
老いも わかきも 富めるものも 貧しいものも
ひとつになって 支えあった。

いままで 体験したことのない 一体感である。
 
そんなとき
「時代」が流れる。
こころに 響く。

なきながら 一緒に歌った。
自分を 励ました。

そんな 体験を 多くの人が 持ったであろう。
 
「今は こんなに 悲しくて 涙は枯れ果てて もう二度と 笑顔には なれそうもないけど・・・

そんな時代も あったねと
いつか 話せる日が 来るわ
あんな時代も あったねと
きっと 笑って 話せるわ
 
だから 今日は くよくよしないで
今日の 風に 吹かれましょう
まわるまわる 時代は まわる
喜びと悲しみ 繰り返し
今日は 別れた恋人たちと
生まれ変わり めぐりあうよ」
 
笑って 話せるまでは 行っていないかも 知れない。
ただ
震災を 経験しないと 分からなかった 気づきと 新たな価値を与えられた。
バブル崩壊 前夜の 出来事であった。

1000万の コップも 屑となった。
自然災害の前では 何の 価値もなかった。

持つものに 価値はなくなった。
持たないものに 価値を 見出した人は 多い。

感謝である!
kazu

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posted by カズ at 16:59 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年01月16日

小正月のころ

22.1.16(350)
早いもので 小正月も 過ぎた。

「女正月」とも 称したようだ。
 
正月を 忙しく 過ごした 女性が やっと  解放される頃である。
それを 呼称して 「女正月」と 言ったらしい。
 
川柳にも よくその姿が 読まれている。
おめかしして 芝居を 見に行くのが このころの 贅沢だったらしい。
 
薩摩ッポの 私の中では 「小正月」と言うと そばである。
 
田舎では 20日に 小正月を 祝っていた。
それだけ 薩摩おごじょは 働き者 だったと言う ことか。
 
何故か 小正月は ばあちゃんが そばを 打って ご馳走してくれた。
重箱に 入れて 親戚に 配っていた。
また わざわざ 食べに 来る親戚もあった。
招かれていたのだ。
 
100割そばだから 小さくちぎれてしまう。
だが
その 美味しさは 格別だった。
ばあちゃんの 味そのものだった。
どこにもない 唯一無二の そばである。
 
思い出すだけで その味が 口の中を 覆う。
しっかり DNAとして 刻印されている。
いつか そばうちに 挑戦して ばちゃんに ご馳走してあげたい。
その味を 再現してみたい。
 
このころの 貴重な 思い出の 一つである。
 
今でも その風習が 残っているのだろうか?
 
きょうは 宿直明けである。
帰って しばらくすると 嬉しい 便りが 届いた。
 
新年から 「うん」が 向いて来た。
カレンダーの 力が 後押ししてくれている。

実に ちから づよい。


感謝 感激!
kazu

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posted by カズ at 16:52 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年01月15日

ひとのゆく道

22.1.15(351)
ものわすれが 多くなってきた。
 
新年早々から 何かが おかしい。
恥ずかしいことであるが 片づけものを 洗濯機まで 持って行ってしまった。
そこで 我に 返った。
お粗末である。
 
「あれ こんなもの持って 何しに来たん だったけ??」
意味不明な 行動に 自分でも 訳が わからなくなった。
 
もともと B型の 天然ではあるが。
 
ここまで 来ると 始末が 悪い。
 
いったい何 その行動!
台所へ 持って行くはずのものを 洗濯機へ 持って行くなんて!
 
家族の 罵声と 冷ややかな 視線を 受けることになる。
 
けさも 仏壇の 水を 変えたまでは よかった。
その コップを 仏壇ならず 食卓に置いて 平気である。
 
「誰に あげたん!」
またかと 思って 身をかがめる。
そっと 振り返ると 何かが違う。
 
苦笑いしている 細君の顔が なぜか 愛おしい。
まるで 「おじいさん」を 見るような 優しい目である?
あの いつもの 怪訝な 顔つきではない。
あわれみを たたえている。
 
「ほんまやなー 生き仏に なってしもうた」
 
なさけないやら。
腹たつやら。
 
ゆらぐ気持ちを抑えて 仏壇に 戻した。
 
昨日は 昨日で やっては いけないことを 職員の前で してしまった。
帰る 準備をし マグカップと ゴミ箱を 持って 湯茶室に入った。
 
コップを 洗ったまでは よかった。

晴れ晴れとした 気持ちで 帰ろうとした。
そのときである。
 
ニコニコ笑って 
「施設長 わすれもの。ゴミ箱を お忘れですよ」
「2つのことを 同時にせず 1つずつしてくださいね」 
 
「もう本当に」と言う 母親的優しさ半分 お手柄 半分の 顔に 映る。(笑い)
 
やってしまった。
見せてはいけないものを 見せてしまった。
カッコ悪いといったら ありゃしない。
 
その上 ありがたいことに アドバイスまで くれる。

それも 然りかと 思う。
 

カッコいい 施設長で いようと 思っていたのに。
もろくも 崩れて しまった。
情けない。
 
威厳も へったくれもない。
 
でも これが わたしの 一面である。
これから もっと もっと 周りを 困らすことであろう。

困った人は 「やさしく」笑っていて 欲しい。
それが お願い事である。
 
ここの 住人の 仲間入りする日も そう遠くはない。
ひとの 「ゆく道(未知)」である。
kazu

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posted by カズ at 14:24 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年01月14日

プロの仕事を見た!

22.1.14(352)
雪花が 舞いだした。
明日は 大丈夫か?
積雪が 心配だ。
 
リハビリの先生が 見えた。
3ヶ月目の 再評価を お願いした。
何回目の 評価になっただろうか。
とにかく 3ヶ月が 早い。
 
さすがに リハビリを 導入して 機能が 伸びはじめた。
もちろん機能訓練指導員始め 介護職の 頑張りの お陰である。
リハビリは 利用者の やる気と 回数に かかっている。
忙しい 合間を縫って リハビリをやるのは 並大抵ではない。
至難の業といっても 過言ではない。
 
ほんとに 良く頑張って くれている。
改めて 感謝したい。
 
今日は 掃除の 業者が ワックス掛けに 入った。
作業の 手順が 実に 早い。
手際が いい。
予定された 時間より 1時間も 早く終わった。
 
仕上げが まずいわけではない。
美しい。
気持ちが よくなるほど 輝いている。
住む 環境の 美しさも
クオリティーの 1つである。
 
念願を 果たせて よかった。
 
そばで 働く姿を 目の当たりにした。
良く 働く人たちだ。
見ていて 気持ちが良い。
しかも よく 教育されている。
だらだらする 姿など ひとつもない。
 
寸暇を 惜しむように 残された 時間を 働いている。
それも 寒風が 吹き荒ぶ中を である。
 
頭が 下がる。
その 仕事っぷりに 感心した。
プロの 仕事を 見させて もらった。
餅は餅屋と言うが それ以上のものだった。


足元にも 及ばない。

謙虚に 見習いたい。
そんな 出会いに 感謝である。!!
kazu

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2010年01月13日

一枚の知らせ

22.1.13(353)
今朝 TVを つけると 九州地方が 大雪と 報じていた。
わがふるさと 鹿児島も 数センチの 積雪があったようだ。
 
何年ぶりだろうか。
 
こどもたちは 歓声をあげ 雪合戦に 興じたことであろう。
ひょっとしたら 果敢に 雪だるまに 挑んだ こどもも いたかも知れない。
それぐらい 「雪」が 恋しい 存在だった。
 
それでも 私が 幼少の頃は よく 積もっていた。
こどもの 長くつの丈ほどは あったように思う。
 
親父に 作ってもらった 手作りの スキー板である。
そんな カッコいいものではない。
孟宗竹を 曲げただけの 簡易なものだ。
 
あそび 上手は どこがいいか よく知っている。
だれよりも 急勾配のある坂を めざす。
そこで 滑るのが 自慢である。
 
そんな 懐かしい想い出までが よみがえった。
うれしい 報せであった。
 
一枚の 知らせが 届いた。
その内容に どこか 見覚えがある。
 
確認したら 間違いがない。
カレンダーの主が 勧めてくれた 映画の 案内と 同じだ。
 
いま 1つの ムーブメントになっているのだろう。
この 二人からの案内は 偶然とは 思えない。
 
「必ず 見に行きなさい」との 啓示か。
それも 同じ時期に 岡山を 舞台として 上映されるのである。
もちろん 自主上映の 作品である。
 
早速 受話器を 取り ダイヤルを 回した。
 
名を名乗ると 何となく 私のことが 分かっているようだ。
 
聞くと 「ブログを見て カレンダーの注文がありました。ありがとうございました」と
感謝までされる。
 
そうだったんだ。
納得である。
 
見知らぬ人同士ではあるが 人が 繋がった。
嬉しい 限りである。
 
「響き」あったのだ。
こころが 届いたのだ。
 
その映画とは 「101匹のワンチャン」ではない。
 
『107+1 part2』ー天国はつくるものー
奇跡は起こり 連鎖する編
である。
 tentsuku.jpg
監督が 山崎邦正とコンビを組んでいた 「てんつくマン」氏である。
その 「存在」を 私は 知らない。
 
嗚咽するほどの 感動ものと 聞いた。
乾いた こころに 潤いが 戻るかも知れない。 
 
「今が そのとき」である。
映画好きの私は 2枚 注文した。
当日を 楽しみに 待ちたい。
 
感動を 共にしたい人は こちらまで
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posted by カズ at 14:17 | コメント(1) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年01月12日

幸せの途中

22.1.12(354)
夜を 思わせるほどの 暗さである。
雲が 途切れることなく 一面を 覆っている。

今にも 泣きそうな 空である。
 

果たして
雨になるのか。
雪になるのか。
 
明日から 寒波が 入ると聞いた。
雪害対策を 考えなければ いけないか。


幸せの 途中には 辛いことが ある。
それが 事実である。

当たり前である。
 
名は 体を表すと言うが
漢字も 然りである。
 
しあわせと言う 文字と
つらいと言う 文字は
よく似ている。
 
でも
その意味となると 天と地ほどの 違いがある。
 
辛いと言う字の上に 横線の 「一」が 入れば 『幸』である。
辛いということは 幸せになるための 途中に 違いない。
 
漢字には 実に 深い意味がある。
 
幸せになるために 「今がある」。 
そのことを しっかりと 受け止めて 歩いて 行きたい(生きたい)。
kazu

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posted by カズ at 10:58 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年01月11日

引き出しが開かない!

22.1.11(355)
成人の日 祭日である。
鏡開きの日でも ある。
 
1989年 1月7日 昭和天皇が 崩御された。
翌8日に 元号が 「平成」と 定められた。
その 平成生まれが 20歳を迎えた。
初めての 成人の日である。
 
遠く ヨーロッパでは 130キロ余りに及ぶ ベルリンの壁が 崩壊した年である。
 
今年も 荒れる 成人式が TVに 映し出されていた。
20歳の門出が 余りにも 痛々しい。
 
新聞配達を しながら 学校に行っていた私には その思い出は まったくない。
どのようにして どのような気持ちで この日を 迎えたのだろうか?
記憶にない。
記憶から 消したいほど 辛かったのか。
真意は 定かでない。
 
先ほど 住人が 買い物のため 降りてきた。
私の 姿を見て 大きな声を 上げた。
 
「署長さんに 文句がある!」
 
大きな声だけに よっぽどのことと 「覚悟」した。
「何か 不始末でも・・・」
 
小さくなって 小声で お尋ねした。
「あれ あれ・・」
と言ったきり 言葉が 出てこない。
記憶の引き出しが 混乱している。
記憶が 繋がるのを 待つが
今日は なかなかである。
内心 ホッとした。
 
言いたいことが 言えない。
こんな 気分の 悪いことはない。
 
「もう良いわ 帰ったら こっぴどく怒ってやる」
と 捨て台詞を 残して 出かけて行った。
 
ひとまず いのちは 存えた。
それでも
行きはよいよい 帰りは 恐いである。
どんな 爆撃を 受けることやら。
 
そうこうする内 なにやら 玄関が 賑々しくなった。
ご帰館である。
 
身構えて お小言を聞く 体制をとった。
あにはからんや。
 
お説教どころか 買い物談義に 花が咲く。
記憶の引き出しが 開くことはない。
 
お土産に 亀田の「カキピー」まで 用意してくれている。
だが この話も 一瞬にして 消えた。

悔しい!
 
これで 良いいのか 悪いのか。
神のみぞ 知るである。
気分よく 終わったのだから 由としよう。
そのうち
引き出しが 開き次第 また 降りて 来られるであろう。
 
今日は 鏡開きである。
鏡餅で ぜんざいの 用意をしてくれた。
3時の おやつのお伴に いただきたい。
今年一年が 平和でありますように!!
kazu
 

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posted by カズ at 14:52 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年01月10日

運をつかめ!

22.1.10(356)
幸せの お裾分けが あった。
新年の あいさつに 見えた。
しかも 手土産 つきだ。
手作りの 「カレンダー」が それである。
 IMG_8058.JPG
見ると 幸せの絶対法則ー言葉が運命を 拓くーと 記されている。
 
帰り際
「トイレに 貼ってくださいね」
「うん(運)が つきますから」
と 吉本なみのダ・ジャレを 残し 帰って いかれた。
 
「うん(運)」が つくなら 従うのが 一番。
言われた とおり トイレに貼った。
 
しげしげと 読んでみると
なかなかの 優れものである。
ためになることが 書いてある。
 
使う 言葉で 「天国」にも 「地獄」にも 行ける。
使う 言葉が 実は 現実を 作り出している。
つまり 現象化する と言う話である。
怖い話でもある。
 
ちなみに
幸せを呼び込む 「天国言葉と思い」には
『うれしい・楽しい・感謝している・ありがとう』などがある。
 
逆に
不幸を呼び込む 「地獄言葉と思い」には
『憎しみ・悲しみ・ねたみ・悪口・不満・心配』などがある。
と 記されている。
 
ことばは 「言霊」 ちからがあるという ことである。
だから 幸せになりたいなら 使う言葉を 考えなさいとの 戒めである。
 
氏は 人のために 身を献じることを 惜しまない人である。
いいと思ったことは 独り占めにしない人だ。
 
ご入用の方は (株)インテリア 川井の ホームページで お尋ね 頂きたい。
 
「うん(運)」の 始まりは トイレからである。

今年一年 「うん」が ありますように!
 
ひさしぶり 大学ラグビーの 決勝戦を見た。
白熱した いい試合だった。
大学ラグビーと言えば 早・慶・明が 定番だった。
その 歴史を 打ち破って 帝京大と東海大が 戦った。
洗練された 完成度の高い両チームだった。
14対13の ロースコアが それを 物語っていた。
 
勝った 帝京大の監督・主将とも 謙虚な姿勢で インタビューに応えていた。

幸せを呼ぶ 言葉の お手本を 見た思いである。
kazu

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posted by カズ at 17:36 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年01月09日

現代版「癒し人」

22.1.9(357)
癒されたいと 願っている人が どれだけいるだろうか。

 
ひょっとしたら 全ての人が 望んでいること かもしれない。
それだけ こころが 満たされない 現実がある。
と言う ことであろう。
 
どうしたら 癒されるのであろうか?
 
その 答えは 千差万別であろう。
ただ ここにいると 毎日が 癒される。
ここは 現代版 「癒し人」の 宝庫である。
不思議な ところである。
もし 癒しが 必要なら 来て見るが良い。
 
外出から 帰ると 1階の 住人の 娘さんが 待っておられた。
新年の あいさつを いただいた。
あいさつを 交わした。
 
「施設長 熊さん 見たいですね」
と 意外な応えが 返ってきた。
 
実は さつまっぽの 私は 寒がりである。
今朝から セーターを 2枚も 着込んでいた。
それも カシミヤ製を である。
午後になると さすがに 暑い。
 
その着膨れた姿が どうも 「熊」に 映ったらしい。
 
そんな 会話を 楽しんでいた。
そこに 待ち人が 現れた。
彼女の 父である。
 
満面の笑みを 浮かべている。
本当に 嬉しそうである。
その 笑顔は 少年 そのものだ。 
 
「やっと 正月が 来た」
と言って
娘の手をとり 出て行った。
 
彼に とっては 「娘」そのものが 癒し人である。
そばで見ているだけで 微笑ましい。
こちらまでが 癒される。
 
今は こうして 笑って おられるが 年末は 大変だった。
 
安定剤を 服用していたが わけがあって やめた。
やめて 10日余り経ってからが 大変だった。
いわゆる 「禁断症状」の出現で 苦しんだ。
介護も ともに苦しんだ。
乗り越えた。
 
そして 待望の 自宅での 正月である。
 
「よかったね」
との思いを抱きつつ 見送った。 
どんな お正月を すごせただろうか。
kazu

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posted by カズ at 13:06 | コメント(0) | TrackBack(2) | メッセージ

2010年01月08日

手を合わす!

22.1.8(358)
久しぶり 住人と 病院へ 行った。
正月明けだけに 大混雑である。
たっぷり 待たされた。
 
幸いにも ゆっくり 話ができた。
昨夜 「施設長が一緒に行く」と NSより 告げられいたようである。
嬉しさ半分 恐縮半分で 朝を 迎えたという。
その 表情は 嬉しさが 勝っているか。
乙女のような 恥じらいが 見え隠れする。
 
時にしか 機会がないのに この反応である。
ありがたいことである。
こちらが 恐縮する。
 
不満が お腹 いっぱいあったようである。
堰を 切ったように 思いが あふれ出す。
しっかり 聞くことにした。
 
住人と ウマを合わすのに 四苦八苦の毎日だ。
控えめな彼女は つい 思いを溜め込んで しまう。
折り合いをつけるため いろいろ 工夫はしているようだ。
 
それでも 追いつかないのが 現状のようだ。
 
上手に ガス抜きが できていない。
腰の痛みは それが 原因かもしれない。
 
彼女の 声なき声が どれだけ 届いているのだろうか。
専門職の 介入が 必要な ところだ。
 
帰る頃には 
「すっきりした」と 晴れ晴れとした 笑顔が 戻ってきた。
 
ときどき ガス抜きの 相手をして欲しいと 思う。
 
彼女から 朝日の拝める スポットを 教えてもらった。
毎朝 竹やぶの中から 上る 朝日に 手を合わせているとのことだった。
 
何故か 自然に 手を 合わすようになったと。

1年前の 彼女には 考えられないことだ。
成長したと 思う。
葛藤は あったと思うが

環境が 彼女を 成長させた。
 
カールロジャースの言葉を 思い出す。
「人は 死に至るまで 成熟と完成に向かって 進化し続ける存在である」
 
まさに その姿に 触れた 1日であった。
感謝!!
kazu
 

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posted by カズ at 18:14 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年01月07日

薩摩の七草

22.1.7(359)
年が 明けると 一気に 春が来る。
つい この間まで 闇の 中を 出勤していたのにだ。
すでに けさは 白み始めている。
 
夜が 明けるのが 早くなった。
何か 一瞬にして 世の中が 変わった。
そんな 感じを 受けるほどだ。
きもちまでが うきうきする。
 
その証拠に 水仙が 咲き始めた。
 TS3G0020.JPG
それでも 小寒を 過ぎたところだ。
風の 冷たさは 飛び切りである。
底冷えして 体が 暖まらない。
 
今日は あけて 七日目である。
そう 七草である。
 
七草がゆを食べ 「無病息災」を 願う日だ。
住人は 朝食で 早速に ありつけたようだ。
どおりで 元気だったんだ。
合点が 行く。
 
七草 だけあって 即効 効く。
それは ないか。
 
七草になると 幼い頃のことを 思い出す。
 
もう 50年も 前に なる。
 
薩摩では 大きな 祝い事である。
7歳に なると 男女違わず 晴れ着を 着せられる。
何故か 母に連れられ 近所を 回った。
 
行く家 行く家で 「おめでとう」と 声をかけられる。
その 祝い方が 尋常でない。
近所 総出の 歓迎だ。
 
何故か 手には 重箱である。
七草を炊き込んだ 雑炊を 戴くのだ。
それも 近所 七件分である。
 
当然 重箱の蓋が 閉まらない。
それを 持ち帰って 食べるのだ。
夜には 親戚が 集まり 飲んで 歌えやの お祝いである。
お祝いの席には 「まぜ御飯」が 配される。
お祝いには つきものの 膳である。
  
これが さつまっぽの 七草である。
どんな 謂れがあっての 七草かは
当時は もちろん知る由は なかった。
 
今でも こんな 風習が 続いて いるのだろうか?
 
ものの本によると 薩摩藩独特の 厄払いの風習で 数え年7歳の お祭りとのことだ。
なるほど そうだったのか。
感慨深い。
 
今夜は 早速 薩摩風 「七草粥」でも 作って 家族に 振舞おうか と思う。
kazu

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posted by カズ at 14:55 | コメント(1) | TrackBack(0) | メッセージ