2010年10月13日

「救出が始まった」

22.10.13(81)
 
「救出が始まった」

 
チリの 落盤事故から 69日目。
終に 救出が 始まった。
 
地下 700メートルに
33名もの いのちが
その日を 待つ。
 
カプセルを 巨大な クレーンが
吊り上げる。
 
1回に 15分を 要する。
その作業が 明日まで 続けられる。
 
69日間 どんな ドラマが あったのだろうか。
きょうが あるということは
その 一体性において
強いものが あったに 違いない。
 
最初に 救出された 人の ことばである。
「全ての 人が 救出されるまで
ここで 待ちたい。」
 
この 言葉が 全てを 物語っている。
地上にいる時の 「価値観」とは
全く 違ったものを 手にしたで あろう。
 
それほどの 経験と 想像する。
無事に 33名の 救出が 終わることを 祈りたい。
kazu

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2010年10月12日

「認知症研修10月版」

22.10.12(82)
 
「認知症研修10月版」

18:30
あたりは すっかり 暗くなった。
空には ぽっかり 三日月が 浮かんだ。
オレンジの 光に 包まれ 
ひときわ 美しい。
 
仕事を 終え 
多くの 人が 会場を 埋めた。
 
認知症研修 10月版の 始まりである。
テーマは 「生活の質の保証とリスクマネージメント」である。
 
冒頭
先生自身の 「トピック」が 話された。
 
認知症との かかわりで
「認知症 ケア」も
「認知症 支援」も
言葉として しっくりと こない。
実態を 表して いない。
 
いったい これって 何?
と 自問 されたようである。
 
そして 行き着いた 答えが
「ともに 生きる」
「ともに 歩む」
「ともに 暮す」 である。
 
キーワードは 「ともに」 である。
その 関わりは 二人称である。
 
当たり前の ことのようだが
見落としがちな 視点である。
 
興味深い 話が あった。
 
「よい 環境 よいケア」は 
神経伝達物質を 再生し
アルツハイマーの 原因物質である
βーアミロイド蛋白が 減少する。
認知症医学会での 報告内容である。
 
ラットでの 実験段階とはいえ
この結果は
「認知症は 治る」
と 希望を 抱かせるものと
受け止めた。
 
ならば 「よい ケアとは 何か」。
そこが 知りたい。
 
トム・キトウッドの パーソンセンターの 紹介が あった。
 
愛を 中心に
「 なぐさめ 」
「 結びつき 」
「 共にいること 」
「 たずさわること 」
「 自分であること 」が 大切である。
と 説かれた。
なるほど。

やるしかない。


また 
リスクマネージメントについては
5つの ステージについて 分かりやすく
教えて 戴いた。
その ステージは
「 不可抗力 」           
「 高度な技術や特殊な知識で 防げる 」
「 基本的事故対策・標準的な技術で 防げる 」
「 ミスが原因で起こる事故 」
「 ルール違反で起こる事故 」である。
 
どの ステージで 起こった 事故なのか。
その 見極めが 大切である。
 
それによって 対応策が 変わる。
 
攻撃は 最大の 防御である。
攻撃
つまり
ケアの質の 向上が
「リスク」を 低減する のである。

未然に 回避できるのである。
 
「ケア」と「リスク」の 関係は
正しく 表裏 一体である。
 
リスクを なくすためには
「ケアの質」を 上げるしかない。
  
いい 学びで あった。
感謝!!
kazu

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2010年10月11日

「特異日」

22.10.11(83)
 
「特異日」
 
体育の日で 祭日である。
東京オリンピックの 開催された日である。

(実際は昨日であるが・・・)

「特異日」に 値するようで
きょうも 日本晴れと なった。
雨で 順延されていた 運動会も

きょうは 大丈夫か。


祭日だけに 面会は 多いが
幸い 電話は 少ない。
 
あさ みかん山の あるじを 訪ねた。

残念ながら 外出中で 会うことは 出来なかった。
応対に出た 娘さんに 伝言を 伝え
帰って来た。

 

見ると 山一面
みかんが 鈴なりである。
だが
その実は
まだ さすがに 青い。
さむさが 厳しくなれば
色づき始めるか。

 

みかん狩りの
その日が 待ち遠しい。

 

遅めの 昼食を いただいた。
すでに 住人は 食事を 終え
くつろいでいる。

 

その 中での 食事である。
ご婦人の お隣に すわった。

 

「あら 遅い 食事ね」
「はあ」
「じき 夕食よ」
「たいへんね」

 

食事の 様子を見て
ねぎらって くれる。
優しい 限りだ。

 

向かいに 座った ご主人様は
ちょっと 様子が 変だ。 

 

「いただきます」
と 手を 合わすと
「よろしゅう おあがり」
までは よかった。
が・・・。
その後が ふるっている。

 

「まだ わしは 食べてない」
「きた きた」と 思いつつ
さあ どう 切り返す。

なんせ 初対面である。
その人の 素性も わからない。
さぐりの つもりで 切り返した。

 

「そうだったんだ」
「お腹空いた?」
「ええ」
「いま ご飯しかけたところよ」
「待てる?」
「待てる」

 

いい 「返事」だ。
何とか なるかも?
ふっと 胸を なでおろす。

 

こんな時
「忘却」とは
すばらしいな と思う。
ひとまず 関係は 成立した。
嘘からでた まことである??

 CIMG1586.JPGCIMG1587.JPG

エントランス前の 花壇が
はや  冬支度を 始めた。
これから 春までを 彩って くれる。
花のない 季節に 向かうだけに
こころが なごむ。
ありがたい。

こうして 祭日の 1日が 終わった。
CIMG1588.JPGCIMG1589.JPG

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2010年10月10日

「大沢親分」

22.10.10(84)
 
「大沢親分」

 

情報番組 「サンデーモーニング」を 見た。
 
いつもの席に 大沢親分の 姿が ない。
傍らの 張本氏が いつになく 沈んでいる。

寂しそうである。
二人三脚 だったことが 伺える。


ふたりの かけ合いの
「あっぱれ」「喝!」が
もう 聞けなく なった。

流行語 になった ほどの
フレーズ である。
 
「親分」と 言われるだけあって
その ふるまいも 親分肌である。
土下座までして
ファンに 謝ったことも あった。
 
野球を していなければ
ヤクザの 親分に なっていたと
述懐 している。
 
親分肌 だけに
面倒見も よかったようだ。
立教大学の 後輩である
杉浦 長嶋 両氏を
南海へ どうかと 誘ったらしい。
 
杉浦投手は 先輩の 意を受け
南海へ 入団。
その 活躍は いうまでもない。
 
しかし
長嶋選手は 先輩の 意に反して
巨人へ 入団。
 
その 活躍は 杉浦投手 同様 である。
ただ 先輩の 意に反した 決断で ある。
晩年に なるまで
長嶋選手の こころを 苦しめたようだ。
 
親分の 「古希」の お祝いの席で
長嶋選手が そのことに触れ 「謝罪」した。
 
それほどの 間柄だったようだ。
師弟関係 と言うより
親分子分の 関係に
近かったのかもしれない。
 
親分も こころが 晴れたようだ。
安堵していたという。
 
胸が熱くなる 逸話である。
 
もう あの
歯に 衣を着せぬ 「大沢節」を
聞くことが できない。

観る者も さびしい。
 

野球の 底辺拡大のため
最後まで 尽力した 人である。
 
その人生に
「あっぱれ!」と 言いたい。
ご冥福を 祈りたい。
 
夕方 あすの 準備のため
洗車に 行った。
 

その帰り
今にも 沈みそうな 夕陽に であった。

空には 三日月が 寄り添っていた。
H22.10.10.jpg

kazu

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2010年10月09日

「ねずみが死んだ」

22.10.9(85)
 
「ねずみが死んだ」

あさから 雨が 大地を 濡らす。
ひさしぶり
散歩を 休んだ。
 
先日 ラジオから
こんな 話題が 流れていた。
ねずみの 実験の 話である。
 
『怒っている人の 吐く息を 溜める。
その溜めた 息の 中に ねずみを 放つ。
果たして ねずみは どうなったでしょうか?
 
1.しゅんとした
2.狂ったように 暴れた
3.変わらなかった
4.死んだ
 
という 問題であった』
 
あなたの 答えは?
 
世の中 実に 思うように 行かない。
それが 当たり前なのだが
それに 不満を 抱く人は 多い。
 
そもそも 思うように 行くはずがない。
もし 思うように 行ったとしたら 
世の中 「わがまま放題」で 
収拾が つかなくなる。
 
世の中は 上手くいかないように
作られている。
それが
神の 思いである。
 
神の 思いは
常に パラドックス である。
 
うまくいかない ことの 中に
「幸せの種」を 埋めている。
 
それを 探すのが
人の 生きる道だと
諭される。
 
すべて
人生の できごとには
意味があるのだ。
 
ねずみは 死んだ。
 
「怒り」の もつ
エネルギー(気)は
自分をも
人をも 殺す。
 
「怒り」に 囚われたら
その 感情の ままに 任せないことだ。
その 思いを 飲み込んで
「この 怒りの 本は」と
自分に 尋ねることだ。
 
必ず 自分の
「闇」を 知ることが出来る。
 
それ以外に
助かる 方法はない。
kazu

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2010年10月08日

「寒露」

22.10.8(86)
 
「寒露」

H22.10.9.jpg
散歩に出た。
稲の 刈り入れが 始まった。
あの 独特な においが
あたりに 漂う。
秋が 深まって 来た。
 
今日は 24節気 「寒露」である。
「秋の 田の
かりほの 庵(いほ)の
苫(とま)を あらみ
 
わが 衣手(ころもで)は
露に ぬれつつ」
             ー天智 天皇ー
 
この 句の 意味は
「秋 田の ほとりの 仮小屋で 寝ていると
屋根や囲いの 苫の編み目が 粗いので
夜露が 通って 私の袖は ずっと ぬれ続けている」
で ある。
 
天智 天皇が 農民の 立場で その苦労を
思いやった 歌として 有名である。

おもむきが あって 温かい。
時には 自然と 向き合うのも
こころに いい。
 

この秋は
いつもより 遅い。


露に ぬれる日も まじかか。

 

短い 秋と 戯れて いたい。
kazu

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2010年10月07日

「ボーリング大会 2日目」

22.10.7(87)
 
「ボーリング大会 2日目」

あさ一の 報せは
ノーベル 化学賞の 受賞であった。
 
30年前の 研究の 成果が
やっと 陽の目を 見た。
 
受賞の 声に
「50年 ひたすら 研究を 続けてきた。
その 結果 である。
若者よ 夢を 捨てず 
ただ ひたすらに 没頭しなさい。
道は 拓ける」と。
 
道を 究めるとは そういうことか。
 
受賞年齢は 後期高齢を
優に 越えている。
立派である。
 
その姿に 学びたい。
 
仕事を 終え 会場に 向かった。
「ボーリング大会 2日目」である。
 
受付には 飲み物と おにぎりが 用意された。
こころ 配りが うれしい。
 
総勢 17名の 参加である。
多彩な 顔が 並んだ。
 
10月 入職したばかりの 顔もある。
税理士や 理事の 先生の 顔もある。
 
今夜も 「ストライク賞」が 用意された。
ストライクの 度に 歓声が あがる。
仲間が ハイタッチで 迎える。
 
その 黄色い声は
どこの お嬢さんたちと
振り返る ほどである。
若々しい。


豪華な 賞品を

目を 皿にしていた。

「どれ どれ」と
スコアーを 覗いてみると
「なか なか」である。
 
ひょっとすると ひょっとするのかも??
 
税理士や 理事の 先生も
なかなかの 腕前である。
次々と ラーメンの 山が

うず高く 積まれていく。

わきあいあいと
なごやかな 時間が 
あっと言う間に 過ぎた。
 
でも
どういうわけか
用意された ラーメンが
残って いる。
果たして この組から

優勝者が でるものやら。


月・木と 2日に 分けて 行われた この大会。
成績の 如何は 別として
大いに 笑い 楽しんだ。
充分 「親睦」を 図れた。

気がする。
 
大会を 準備してくれた 実行委員のみんな
そして
忙しい中を 参加してくれた みんなに
こころから 感謝である。
 
ありがとう!

 
なぜか

風呂桶を 持つ手が 痛い。
kazu

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2010年10月06日

「いのちの源」

22.10.6(88)
 
「いのちの源」

あさがた 半睡状態で ラジオを 聴いていた。
 
「いのちの 源」の はなしである。
おもしろそうだが 睡魔に 襲われ
夢うつつ 状態である。
記憶が とぎれる。
 
その 数 
10代 遡れば 1,000人
20代ともなると 100万人にも なるという。
想像を絶する。
 
算術の 弱い わたしには 計算など できない。
 
ただ

今ある この いのちが
はるか 果てしない 地の果てから
延々と 脈々と
受け継がれて 来た 「結果」である
ことだけは わかる。
 
そのことに 思いを 馳せると
「感謝」するしかない。
 
「いのち」の 尊さを 思う。

大切に しなければと
意を 新たにする。
 

番組の中で
「この街で」という 歌が 紹介された。
 
『市長室に 飾られた 一枚の色紙に 目が留まる。
 
「恋し 結婚し 母になった この街で おばあちゃんになりたい」
 
ふるさとへの 思いを 言葉にしたものである。

 

感動して
「市の 歌にされたら」
 
だったら
「あなた 作ってよ」

「やぶへび」に なってしまったようだ。』
 
こうして 生まれた 曲が
「この 街で」 である。
 

四国 松山市での できごとである。
 
結婚式や コーラスで 歌われていると言う。
なかなか いい歌である。
生まれ育った ふるさとで
こんなふうに 年老いることが
できたら・・・ 
どんなに すばらしい ことだろう。
 
機会 あらば
耳にして いただきたい

曲の ひとつである。
 
わが ふるさとを 思い出す。
こころが いやされた。
kazu

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2010年10月05日

「さつまいも」

22.10.5(89)
 
「さつまいも」

 

 101005_0550~01.jpg
新しい一日を 「朝焼け」に 迎えられた。
おごそかで 威厳さえ 感じる。
そっと 手を あわせた。
 

CIMG1478.JPG
実りの 秋 である。
午後から 住人が 畑へ 繰り出した。
斜面に 植えられた
さつまいもが 収穫を 迎えた。
 
大きいものは 赤ちゃんの 頭ほどある。
初めての割には いい出来ばえだ。
結構な 量が 掘り出された。
CIMG1477.JPG 


みんな ウキウキ している。
 
その 目が
「たべた〜い」と 訴える。
応えない 訳には いかない。
 
さっそく ふかして 見た。
いい 塩梅である。
 
おやつとして いただいた。
 
美味しい!
どの ほおも
こぼれ おちそうである。
 
地産 地消を 越え
「自産 自消」で ある。
 
あっというまに 胃袋に 消えた。
大満足 である。 
 
実りの 秋に 感謝した。
 
kazu

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2010年10月04日

「ボーリング大会 1日目」

22.10.4(90)
 
「ボーリング大会 1日目」

ひさしぶり 体を 動かした。
うっすら 汗も 掻いた。
心地いい 爽快感が 残った。
 
やっぱり 体を 動かすに 限る。
 
ボーリング大会が あった。
当初は 「親善」の 予定だったが
「親睦」の 大会に 変更になった。
 
豪華な 景品が 用意された。
その ラインアップである。
果たして 誰が 射止めるか。
 101005_1509581.jpg101005_151021.jpg


昨夜 1試合目が あった。
16名の 参加である。
 
いつになく 闘志が みなぎっている。

「ストライク賞」には ラーメンが 用意された。
みんな 快調だ。
わずか 数秒で 
第一 「ストライク」の 誕生だ。
次から 次に

歓声とともに
「ラーメン」の 山が くずされていく。
 
初めての 顔も イキイキしている。
思ったより 好調の ようだ。
さすが 昔取った 杵柄か。


万年 ブービー狙いの 彼女も
いつもの 倍の スコアーだ。
ハンデを 考えると
一発 逆転が あるかもしれない。
 
30分も しないうちに
ラーメンは なくなった。
 
ということは
なかなかの 兵ぞろいと言うことか。
 
実行委員長から スコアーについての
口止めが あった。
 
2試合目が 7日 木曜日にある。
 
それまで  滑らかな口に チャックだ。
みんなが 燃えた。

そして
楽しんだ。
 
ハイタッチあり
ガッツポーズあり
弾ける 笑顔あり
悔しさあり〜の
あっという間の 1時間であった。
 
果てさて 勝利の 行くへは??

  
ひとまず お疲れでした。
あすは 筋肉痛

間違いなし である。
kazu

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2010年10月03日

「葬送の儀」

22.10.3(91)
 
「葬送の儀」

用水の 水面が 
風に ゆれる。
 101003_0614~01.jpg


その 美しさに
おもわず シャッターを
押した。
 
風が 強い。
 
散歩から 帰り
叔母の 葬儀に 向かった。
 
雲が 低く 今にも
雨が 落ちて きそうだ。
 
会場に入ると
祭壇の 遺影に 迎えられた。
 
おばの 静かで しとやかな
雰囲気が 伝わってくる。
 
つい 先日 会った
おばが そこに いるようだ。
息遣いまでが 聞こえて きそうだ。
 
あいさつを 済ませ
開式までの 時間
祭壇の 前で
最後の 別れをした。
 
この世に 生を 受け
そして 死を 迎える。
ひとの 常である。
 
その 裁量は 人の 手には ない。
すべては 神の 一手に ある。
 
おばの生も 死も
すべて 神の
計らいである。
だれも 手を 下すことは
できない。
 
ただ
その 時が 突然だけに
受け入れがたく
うろたえて しまう。
悲しみを 深くする。
 
このときが 最善で あったことを
おばの 願いが すべて
聞き入れられたことを
受け止めよう。
 
これで 由としよう。
言い聞かせた。
 
葬送の儀も 終わり
出棺のときを 迎えた。
 
多くの 人の 見送りを受け
あの世へ 旅立って 行った。
そとは 雨に なっていた。


ありがとう。
ゆっくり 休んでね。
 
帰りに
残された おじが
ポツリと
「かずさん 遊びに きてね」
と ことばを 継いだ。
 
kazu

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2010年10月02日

「あき深し」

22.10.2(92)
 
「あき深し」

散歩に 出た。
あきが 目を 楽しませて くれる。
稲穂が 色づき 輝きを 増してきた。
路傍の 草花が 美しさを 競う。
101003_0609~01.jpg


彼岸花が 咲き始めた。
いつもより ずいぶん 遅い。
101003_0619~01.jpg


すすきの穂が 風に なびく。

気持ち よさそうだ。
101002_0553~02.jpg


足元には 萩の 花が
ひっそりと 寄り添う。
 
おみなえしの 黄色や
コスモスの ピンクが
あきを 可憐に 彩る。

101002_0556~02.jpg101002_0555~01.jpg
 


柿や 花梨の 実も 色づき 始めた。
自然の 力は 偉大だ。

季節の 移ろいを 見事に 演出する。

そして
人の こころをも 癒す。
 
きょうは 土曜日 である。
静かに ときが 流れて いる。
 
幸い 来客も 電話も 少ない。
報告事項の 書類が 山積みである。
やるなら 今日しかない。
 
一気に 片づけた。
やれやれである。
もう 気持ちが 引きずられることが ない。

 
きのう うれしいことが あった。

入院中の 病院から
3名もの 看護師さんが 見えた。
これまで
施設から 出向くことは あっても
病院から 来ることは なかった。
 
師長さんが
「行きたいという看護師が まだあったんですよ」
と 笑っている。
 
先日 水島地区の
保健・医療・福祉の関係者の 集まりがあった。
 
その席で 
「看護師が 特養の現状を 知りたいと言っている。
訪問を させて 欲しい」と 依頼を受けていた。
 
それが 昨日 実現したのだ。
病院で 当たり前のことが
特養で 当たり前かと 言うと
それは 違う。
 
医療施設と 生活施設での
看護師の 役割も 仕事の内容も 全く違う。
 
ときどき
この ズレが 退院調整で
うまく 行かない事も これまであった。
 
そんな 危惧を 払拭する
できごとと なった。
 
やっと
医療と 福祉の 連携が
望ましい形で
実を 結んだ。
 
現場を 離れての 訪問。
さぞかし 大変で あったろう。
利用者の ことを 思い 動いてくれた。

ありがたい ことである。
 
改めて

その 努力に 感謝したい。

医療と 福祉が 近くなった。
確実に 変わり始めた。

kazu

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2010年10月01日

「献身の人」

22.10.1(93)
 
「献身の人」
 
新たに 暦が くられた。
 
あさ 5時 
電話が 鳴った。
 
「おばちゃんが 亡くなった」
「わかった」
 
すぐに 受話器を 置いた。
途方に くれた。
 
1週間前 治療に 帰った ばかりである。
この 酷暑を やせた体で 
「よう 乗り切った」と 思った ところだった。
 
再会を 約した。 

めずらしく 玄関先まで 見送りに 出た。

元気を 取り戻した 姿に 安堵した。
それが・・・。
1週間を 待たずして 逝って しまった。
 
溺死で あった。
睡魔に 襲われ
浴槽の 中で 眠って しまったのだろう。
きもちよさそうに していたという。
 
常々 おばは
「人に 迷惑かけたくない」
と 言っていた。
 
おみごとである。
あっぱれである。

湯かんまで 自分で 準備した。
 
幼少の 頃から 病身で
満身創痍 であった。
その身でありながら

人のために 尽くした人で あった。
そばにいて 心地よかった。 
 
わたしが 独立した ときも
人知れず こころを 尽くしてくれた。
 
外に 出ることを 好まなかった。
その おばが
西宮まで 出かけてきて くれた。
開業した 治療院で 治療も受けた。
生まれた ばかりの 子どもを
初めて 抱いても くれた。
 
いっぱいの 思い出を 残して くれた。
そして
あっという間に
神の 元へ 帰っていった。
 
これが 神様の 計画だった のだろうか。
まだまだ 受け止めることが できない。
 

その 意味が わかるまで 旅は つづく。
 
10月 初日。

深い悲しみの スタートと なった。
これもまた 人生である。

こころから 冥福を 祈りたい。
kazu

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posted by カズ at 18:14 | コメント(1) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年09月30日

「9月 晦日」

22.9.30(94)
 
「9月 晦日」

9月 最後の 1日。
 
秋雨前線が 停滞し
雨が 降り続けた。
 
一気に 気温が 下がり
日中でも 20℃をわった。
 
寒い。
 
秋が 突然に やって 来て
突然に 深まった。
 
その 変化に
からだが 悲鳴を あげる。
なかなか ついて いけない。
 
住人の 体調が 心配だ。
 
報告を 受け 
居室を 訪ねた。
からだを 横たえている。
 
声かけに いつもの 快活さはない。
しんどそうだ。
 
それでも
訪問を 歓迎する
やさしさが ある。
 
頭が さがる。
 
こころが 騒ぎ 落ち着きを 失う
「とき」 もある。
 
こころが 静まり 我に 返る
「とき」 もある。 
 
その 自分を もてあます
「とき」 もある。
コントロール 出来ない
「とき」 もある。
 
そんな 「とき」だから こそ
寄り添えたら と思う。
 
「貯金」
 
『私ね 人から
やさしさを 貰ったら
こころに 貯金しておくの
 
さびしくなった時は
それを 引き出して
元気になる
 
あなたも 今から
積んで おきなさい
年金より いいわよ』 
       ーくじけないでよりー
 
いつでも 引き出せる
「やさしさ」を
身に つけたい。
 
今月も 終わった。
何事もなく・・・。
と思ったところへ

おばの 危篤の 報。
心配である。
 
ひとまず 感謝して

今月を 終わりたい。
kazu

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posted by カズ at 23:46 | コメント(0) | メッセージ

2010年09月29日

「ひこうき雲」

22.9.29(95)
 
「ひこうき雲」
 
駐車場に着き 高い空を 見上げた。
「ひこうき 雲」が
一直線に 浮かんでいる。
 
子どものころの 懐かしい思いが
よみがえって くる。
 
こんな 早い時間に
どこへ 向かったのだろうか。
旅の 安全を 祈った。
 
「目から 鱗」から 数日過ぎた。
すでに 目から 鱗が
霞みだした。
ぼやけてきた。


霞んで 見えなくなる 前に

記憶を 手繰り寄せて
分かち あって おきたい。
 
テーマは
「どうしたら 転職防止や 定着促進が できる?」 
事業管理者にとっては 魅力的な テーマである。
いや 魅惑的な テーマと 言った方が 適切か?
 
やめる 理由は 個人・事業所単位で
もちろん 違う。
 
個人の 場合は
上司(ギクッ)や
同僚などの
「人間関係」が 主な 理由である。
 
事業者単位と なると
おもむきが  全く 違う。
 
結論から言えば 以下の3点が 「鍵ワード」である。
@事業所としての 方針を 明確にすること
A自立支援や ニーズの把握など 専門性を 高めること
B専門性の構築と自覚を 促すこと
 
果たして
よく言う 利用者本位
接遇の 向上で 離職防止が できるか。
 
答えは 「否」である。
 
自立支援に 向けた 取り組みで 「何」が 必要なのだろうか?
 
それは 介護の 基本中の 基本である
 
・水分
・食事
・排泄
・運動
 
を 徹底することである。
まさしく「目から 鱗」である。
共感する ところである。
 
そこからしか
ケアの 質の 向上は のぞめない。
大切なことは 自分たちの 実践を ふりかえり 認識を 共有することだ。
そのことで 初めて 専門職としての コミュニケーションが 深まる。
結果として
フロアや ユニット内のまとまりが 生まれ 「やりがい」が 出るのである。
 
そう言う 専門家集団へと 導き
彼らの 持つ
「知識」 「技術」 「熱意」を
マネージメント(舵取り)するのが 
「管理者」の 仕事である。
 
以上が 講演の 骨子である。
 
私にとっては
「目から 鱗」
「鬼に 金棒」で あった。
 
果たして 読者に とっては
如何 だろうか?
 
よい機会を 与えられ
感謝 である。
kazu

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posted by カズ at 18:20 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年09月28日

「くじけないで」

22.9.28(96)
 
「くじけないで」

 

夜の 帳が 落ちるのが 早い。
すでに 空には 星が 月が 輝いている。
不思議な 感覚である。
 
めずらしく 義母から
電話が あった。
本の 注文である。
 
帰りに 本屋へ 寄って見た。
探すまでもない。
入ってすぐの 
特等席に 陣取っている。
驚いた。
それも 残り 2冊である。
 
注目の 本のようだ。

しずかな ブームを 呼んでいる、
 
その本の名は 「くじけないで」 である。
98歳の 市井の 詩人が その 著者である。
 
「くじけないで」

『ねぇ 不幸だなんて
ため息を つかないで
 
陽ざしや そよ風は 
えこひいきしない
 
夢は
平等に 見られるのよ
 
わたし 辛いことが あったけれど
生きていて よかった
 
あなたも くじけずに』
 
100歳近い
おばあちゃんからの
優しい エールである。
勇気を あたえられる。
 
義母も 励まされたので あろう。
さっそく 送る 準備をした。
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posted by カズ at 16:31 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年09月27日

「喜び」

22.9.27(97)
 
「喜び」

あめの 月曜日。
ふりだした雨が 止むことが ない。
眼下の 町並みが
あっという間に 煙って しまった。
 
急速に 気温が 下がる。
肌寒い。
 
ごご  ここ 水島地区の
関係者(医療・福祉)の 集まりに 出席した。
40名近い 参加者で あったろうか。
 
ひごろ 出会っている 人であり 機関である。
ただ その関係は 1対1の 枠を 越えることがない。
点と点の 限られた つながり である。
 
その 関係が 変わる きっかけが 用意された。
きょう 点と点の 関係が 線と線で 結ばれた。 
 
ソーシャルワークは 人が 「資源」である。
つながりが 何より 大切な 「仕事」である。
つながりの中で 始めて 「力」が 発揮される。
 
そして その「力」は 必ずや
個人や 機関の エゴを 超え
地域の 福祉課題の 解決に 向け
動き出す。
 
そんな 「夢」のある 集まりであった。
その 第一歩が 記された。
 
仲間の 一人として 迎えられたことを
心より 感謝したい。
 
kazu

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posted by カズ at 19:47 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年09月26日

「にがうり」

22.9.26(98)
 
「にがうり」

秋風が 心地よい
この 季節に である。
 
我が家の 小さな 庭に
やっと 「にがうり」が 
実った。
100926_0647~02.jpg


この 暑さの 中を 蔓は 
枯れることなく 生き延びた。
実に たくましい。
 
ただ
夏の あいだは
小さな 実をつけては
枯れ 落ちた。
 
それでも せっせと
水やりを した。
世話を 欠かさなかった。
 
もう ダメかなと あきらめかけていた。
ところが である。
1本 2本 3本と
食べごろの 大きさに 実ってきた。
どういうこと?
その 不思議な 力に 驚くばかりだ。
 100926_1732~01.jpg


傍らの 細君が
「わが子と 一緒ね」と
笑っている。
 
遅咲きの 「にがうり」である。
 
塩沼 亮潤住職の 言葉を 思い出す。
 
『自分の 生まれたところが どんな 場所であっても
いまいる場所が どんな 環境で あっても
そこで 精いっぱい  花を さかせることが 人生なのですね。
与えられた 環境の中で 精いっぱい 生かさせて いただく。
 
そして 迎えた朝
「今日も よろしく お願いします」と 手を 合わせ
1日の 終わりに 「ありがとう ございました」と
感謝して 閉じる。
そう 生きることが 大事だと 感じます。』
 
にがうりは 健気だ。
いま 人生の「花」を 咲かせている。
kazu

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posted by カズ at 07:16 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年09月25日

「天空の郷紀行 9月」

22.9.25(99)
 
「天空の郷紀行 9月」
 
少し 体調も 回復し 散歩に 出た。
 
西の空に 満月 東の空に 太陽。
稀に 見る 美しい コラボ である。

100925_0552~01.jpg 


路傍の コスモスが 秋を 告げ始めた。
実に 可憐である。
100925_0604~01.jpg 


帰宅後 細君と 天空の郷へ 向かった。
 
はや 晩秋の 気配である。
すでに 稲が 刈られ 
どことなく 寂しい。
吹く風までが 冷たい。

その 風に

すすきの穂が 波を うつ。
 
村おこし であろうか。
案山子の 品評会が 催されている。
世相を 反映してか
「龍馬」や 「妖怪」が モデルの 中心だ。
100925_1003~01.jpg 


義母を 訪ねた。
玄関前で 栗の 選定中だ。
できばえが 今ひとつ だったようで
「どうする?」と しきりに 尋ねる。
 
「いただいて 帰るよ」と言うと
安心したのか
袋に 詰めだす。
 
酷暑日が 続いた割には 元気だ。
何よりの ごちそうだ。
 
先を 急いだ。
叔父と 叔母を 見舞った。
 
途中 ダムの 様子が 変だ。
水が 余りも 少ない。
100925_1047~01.jpg 


ついて 早々に
叔母の 治療を はじめた。
夏バテの ようだ。
生気がない。
 
気を 補った。
補鍼を 加えた。
 
みるみる 生気が
戻ってくる。
最後に 温灸を すえて
治療を 終えた。
 
叔父が 
久しぶりの 訪問を 歓迎する。
ビールや お酒まで 用意する。
 
一緒に 飲もうと 誘う。
病み上がりだが
断るわけには いかない。
付き合った。
 
多くを 語らないが 嬉しそうだ。
その輪に
治療を 終えた 叔母も 加わった。
明るい声が 戻った。
細かった 食が 戻った。
 
楽しい時間が あっという間に 過ぎた。
叔父が 手作りの 野菜を 用意してくれた。
みょうがや 特大の きゅうりや トマトを手に 

玄関を 出た。 
 

そして
お別れである。
足の 不自由な 叔母が
外まで 見送りに 出た来た。
 
現金なものである。

手を 合わせた。
kazu

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posted by カズ at 18:27 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2010年09月24日

「おかえり」

22.9.24(100)
 
「おかえり」

忘れることは 時として
幸せなことかも 知れない。
美しいことかも 知れない。
 
緊張した あさを 迎えた。
ハンドルには
付箋が 貼られている。
 
「〜さんを 迎えに いくこと!!」
 
ショートの 迎えが
あさ一の 仕事である。
 
 
「さよなら」
そんな 言葉を 残して 去った。
はたして
どんな あさが 待っているのだろう。
 
車を 止め
玄関に 向かう。
はや
車に 気づいたか
覚束ない 足取りで
こちらに
向かってくる。
 
にこにこ 顔で ある。
しめた!
ほっと する。
 
「おはよう ございます」
「社長さん 来るの 待っていた」
「ありがとう」
「よく 休めた?ゆっくりできた?」
「社長さんとこが 一番いい」
「???」

「風邪 ひいた?」
「ええ 鬼の 撹乱 だね」
「よく 古い言葉 知ってるね」
「お大事にね」

「ありがとう」
「話しかけるの よすね」
「・・・・・」

やさしい 心遣いである。


坂道を 駆け上がると
眼下に 海が ひろがる。
 
「きれいだね」
「ここが やっぱり 一番ね」
 
かって 知った 我が家 である。
仲間や 職員が 出迎える。
 
「おはよう ございます」
「お帰りなさい」
「ただいま」
 
何か 変な 気もするが
でも
なぜか しっくり くる。
 
「すこし 横に なるね」
ベッドまで 案内した。
「ありがとう」
「ゆっくり してね」
 
しずかに あさが 明けた。
 
数日後には
また 「さよなら」が 
訪れる。
 
午後 研修に出た。
「目から鱗」の 内容であった。
 
また 近いうちに
分かち合って 見たい。
お楽しみに!!
kazu

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posted by カズ at 16:58 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ