2011年06月02日

「こだまでしょうか」

2011.6.2(木)

「こだまでしょうか」

未明に 起き ひと風呂 浴びた。
めずらしく 昨夜は 寝入って しまった。

からだ 全身を 湯船に 浸し
しばらく 身を 任した。

あたりは 漆黒の 闇に
物音 一つしない 静けさだ。

湯船の 中で 体を 撫でるだけで
その 水音が 強く こだま する。

その音を 聞きながら
黙想する。

心地よい 時を 過ごす。
こころが 幾分 軽くなった。

一篇の 詩が 届いた。


「遊ぼう」って 言うと
「遊ぼう」って 言う。

「馬鹿」って 言うと
「馬鹿」って 言う。

「もう遊ばない」って 言うと
「もう遊ばない」って 言う。

そして あとで 
さみしくなって

「ごめんね」って 言うと
「ごめんね」って 言う。

こだまでしょうか
いいえ だれでも。』

金子 みすずの 
こだまでしょうか」という 詩 である。

末尾の 「だれでも」 とは
どういうことなの だろうか。
この言葉に 何を 込めたのであろう。

「ヤッホー」といえば
「ヤッホー」と 返ってくる。

山から 投げかけた 言葉が
そのまま 返ってくる。

それが こだま である。

よいことも 悪いことも
投げかけられた 言葉や
思いに 反応するのが
「こだま」である。

それは 「こだま」だけで あろうか。

万人の こころも そうだと
みすずは 言いたかったので あろう。

この 大震災で
だれもが 耳にした 詩(うた)である。

あなたは どう聞いただろうか。

この詩を 耳にして
被災者の 悲しみ 苦しみ 辛さに

「こだま」

する 自分で おれた だろうか。

この震災を 自分のこととして
感じる きっかけを 与えたのが
この詩である。

それは 震災に 限ったことでは ない。

いつも
人の 痛みに 「こだま」していたい
ものである。

kazu

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posted by カズ at 04:07 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ
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