2011年06月30日

「またの日に」

2011.6.30(木)

「またの日に」

いつものように
散歩から 1日が
始まる。

この時期には
めずらしく
吹く風が 心地よい。

「秋のようだね」
と言うと

「これから 夏と言うのに・・・」
と 隣で 笑う。


「施設長 三年が 来ましたね」
と 声を かけられた。

この 3年間が
走馬灯のように 甦る。

出勤 初日
職員 入り口に
たくさんの 付箋が 貼られていた。

新生 太陽の 丘に 託された
数々の 改善 提案であった。

忘れえぬ 光景である。

この 3年間で
どれほど あの付箋が
取り外されたであろうか。
自問してみる。

道半ばである。

我を 見失うとき
戻る 「場所」が ある。
それは 「理念」 である。

理念を どれだけ
具体的に
「行動化」できているか。
それを 評価の軸とした。

まだ まだ 道半ばである。

もちろん
完全には 程遠い。
しかし
昨日より 今日 である。
まちがいなく 前進している。

この 小さな 努力が
必ず 大輪の 花を 咲かす日が
くるであろう。
忍耐しつつ
希望を 失うことなく
歩き続けよう。

きょう 居宅のCMが
片づけを 終え 去っていった。
さいごを 見送った。

こころが はりさけそうであった。

いつのときも
別れは 辛い。

2年間 綴ってきた この ブログも 
きょうを 最後に
しばらく 休止したい。
ネット環境が 整い次第
また 再開したい。

きょうまでを
支えて いただき
ありがとう ございました。
また
いつの 日か 会えることを
希望して。

感謝の 内に!

kazu

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2011年06月23日

「お礼に」

2011.6.23(木)

「お礼に」

ギターの 優しい 音色が
ホールを 包んだ。

ギターの 旋律に 合わせて
「上を 向いて 歩こう」 の
歌声が 響く。

会場を 埋めた
住人も
そのあとに つづいた。

どの顔も 楽しそうである。
まるで
少年 少女の 歌声のようである。

二曲目は
オリジナル曲 「旅人よ」 である。
柔らかく
温かい
歌声と 旋律
実習に来ていた
高校生が
お世話になった
お礼にと
プレゼント してくれた。

やさしい こころ使い である。

実習が
こんなカタチで 終わる。
望外の 喜びだ。
受けて よかったと
思う 瞬間である。

kazu

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2011年06月22日

「夏至」

2011.6.22(水)

「夏至」

24節気 「夏至」を 迎えた。

坂村 真民師の 詩を添えて 便りが 届いた。

「悟りとは
自分の 花を 咲かせることだ。
どんな 小さな 花でもいい。

だれのものでもない
独自の 花を 咲かせることだ」

勇気を 与えてくれる 詩である。
どんな 花を 咲かそうか。

今日は 1年で 一番昼間の時間が 長い。

日本列島は のきなみ 30℃を こえた。
酷暑日を 記録したところも あるやに聞く。

もちろん
日の入りは 19時を 越えた。

この時期
雨のシャワーを浴びた花たちが
清々しい姿に生まれ変わり
天に向かって伸びてゆく。

梅雨が明けると一気に暑い夏が
始まる。

きょうの 暑さは
夏への 助走か。

来る夏に 身も 心も
そして
節電をも 備えたい。

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2011年06月21日

「当事者たれ」

2011.6.21(火)

「当事者たれ」

蓋し 名言と言う べきか。
ホロトロピック・ネットワーク主宰の
天外伺朗師は 日本の国情について
こう 語る。

「日本を一つのバスにたとえたら
政治・経済を見ていると
ポンコツに なってきた。

運転手を 代えても 変わらない。
政権交代しても
一つもよくならない。

ならば バスを嘆いてばかりいないで
みんな バスを降りて 自分の足で歩きましょう。

僕は 日本のみなさんに 呼びかけたい」

バスに 乗っていたら 安心
運転手に 任せていたら 安心
必ずや
目的地へ 連れて行ってくれる
と言う 訳では なくなった。

バスを 降りて 歩く
と言う 「賢明な選択」を
必要と する。

人任せの 時代は 終わった。
自らの 責任で
政治・経済を
そして
もちろん
人生を 担いなさい。
そうしないと
この国は 危ないと
警鐘を 鳴らす。

それは
政治・経済に限った ことではない。

どの 組織に おいても
同様で あろう。

求められるのは
「評論家」でなく
「当事者」たれ
と 言うことか。

この 促しは
そのように
聞こえる。

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2011年06月20日

「時を得て」

2011.6.20(月)

「時を得て」

玄関に 入ると
「生け花」に 迎えられた。

受付にも
各階の 踊り場にも
楚々と
飾られている。

「あっ そうか」
「生け花 教室が あったのか」

110620_0850~01.jpg
110620_0851~01.jpg
110620_0842~01.jpg
110620_0835~01.jpg

合点が いった。
花のある 空間は
まったく 趣が 違う。
華やかな 彩を 添える。
こころに ひとかどの 潤いを もたらす。

聞けば
たくさんの 人が
階下に 降り 
活けて くれたようだ。

職員も 一緒に
その 時間を 紡いだ
という。

日ごろとは 違う 場面での
関わりである。

意外な
一面を 見出したかも 知れない。

「えっ」
と 驚くような
出会いに なったかも しれない。

その 気づきや 発見が
関わりに 幅を 持たせる。

長い 道のりだった。
ここ数年の 活動が
やっと
望ましい カタチで
開花した。

何ごとも
時間が かかる。

時を得て
ものごとは
成就する。

これが 真実だ。

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2011年06月17日

「待望の・・・」

2011.6.17(金)

「待望の・・・」

こんな 記事が
目に 留まった。

中高年を 中心に
「五行歌」が ブームと言う。

心情を 5行で 
表現する 「詩歌」 である。

「生涯
宮城弁の 抜けなかった

老いた 被災者の 声に
おもわず 振り返る」

20年前に 父は 亡くなった。
この 震災が
人ごとと 思えない。
一つの エールの 形だ。

「子どもの頃
お菓子の 空き箱は
宝物の 箱だった
宝物を 失くした今は
ただ 棄てるだけの箱」

片づけを していて
ふと 思い出す。
子どもの頃は
意味もなく 大切に していたものが あった。
それが
今は ない。

心情を 詩にして 詠む。
ただ 
それだけで こころが 静かになる。

「待望の
日が来た その席に
少しばかりの
お祝いにと
ケーキ 持ち帰る」

きょうの 一首 である。

時に
五行の詩に
こころを 映すのも
いいかも 知れない。

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2011年06月16日

「めがね??」

2011.6.16(木)

「めがね??」

激戦の? 翌日で ある。
筋肉という 筋肉が 悲鳴をあげる。
若いという 証拠?
世の 定説に 逆行している。

そんな
戯言を 言って 笑い あった。

「掲示板 見た?」
夜勤入りの スタッフに 尋ねた。

「いいえ」

「じゃ 見ておいで」
さっそく 掲示板の方へ 戻っていった。

そして 帰って きた。
その顔は
弾けんばかりの 笑顔 であった。

事務所にいた 職員から
期せずして
拍手が 起こる。

「優勝 おめでとう!」
「ありがとう ございます」

優勝商品に 優勝盾が 送られた。
再度 万来の
拍手が 起こった。

「優勝した 勝因は?」
「めがねです」
「???」

いつもは 眼鏡を かけていない。
その日は 眼鏡を かけて 投じた。
ピンが よく 見えたようである。

「まさか」の 結果に
その 喜びようは
尋常ではない。
体 いっぱいに 喜びを 現した。

側にいるものまで
嬉しくなる。

ところで
優勝商品は
何だったんだろう?
ちと 気になる。

こんな
ささいなこと ではあるが
幸せの おすそ分けを 戴いた。
ありがたい。

何とも
ほほえましい 光景である。

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2011年06月15日

「ラーメンの山」

2011.6.15(水)

「ラーメンの山」

梅雨に 似合う 花がある。

水芭蕉が 咲く。
尾瀬沼に 思いを 馳せる。
東電の 管理と 聞く。
この先 大丈夫なのだろうか。

110615_0531~03.jpg

ほたる袋が 咲く。
蛍の 卵は 孵っただろうか。
幼い日に 思いを 馳せる。
蚊帳の中に 放たれた 蛍が
闇を 神秘的なものに した。

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水仙が 咲く。
大輪の 花が 女王の
かおりを 放つ。

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少し 目を 高くすると
花梨の 花が 咲く。
かりんだけに 可憐だ。(笑)

110615_0548~01.jpg

6月の 花
紫陽花も 健在だ。
少しずつ その色合いを
変えていく。
見るものの
こころを 豊かにする。

110615_0523~01.jpg

あさの 何とも 言えない
至福の 時間である。

パーンと ピンの 
弾ける 音がする。
少し 間が空き 
歓声が 響く。

ハイタッチが 繰り返される。

用意された ラーメンの山が
徐々に 崩されて いく。

スペア賞 ストライク賞に
用意されたものだ。

そう
今日は 親睦を 兼ねた
「ボーリング大会」 である。

ハイスコアーの 戦いだ。
豪華景品が 用意された。

CIMG3205.JPG

もちろん
みんなの 目の色が 違う。
その 勢いが 違う。
とにかく
力が みなぎっている。

その姿を 見るだけで 頼もしい。
あすの 朝礼で
上位3名が 表彰されると言う。
さて
栄冠を 誰が 手にするのか 

大いに 笑った。
かれるほど 大きな 声を 出し合った。
汗も 流した。

あっと言う間の
楽しい 時間であった。

おかげで
気持ちも すかっとした。

親睦も
リフレッシュも
図れた。

こんな 時間が 
あるから
また 頑張れんだ。

しみじみ 思った。

帰り道
アクセルを 踏む 足が
引きつって 困った。

無事に 帰れたのが
不思議なほど だった。

kazu

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2011年06月14日

「自他一如のこころ」

2011.6.14(火)

「自他のこころ」

友人の グループホームを 後にして
自宅へ 向かった。

今にも 陽が 落ちんとしていた。

西の空が うっすら
茜色に 染まった。

運転中 だったが
その美しさに 目が 奪われた。
記憶に とどめようと
思わず シャッターを 押した。

それほどの 
美しさで あった。

夕焼け空に 会えるなんて
いつ以来だろうか。

不思議な 感覚に 襲われた。
これが 恵みと 言うものであろうか。

110614_1928~01.jpg

忘れえぬ日
3.11から 3ヶ月が 過ぎた。
しずかに その日と
向き合う ことが
徐々に 少なくなって来た。

かろうじて
目の前の 「義捐金箱」に
手を 延ばすとき
被災地に 思いを 寄せる。

金子 みすずは 20歳のとき
次のような 詩を 詠んでいる。

「去年の きょうは いまごろは
私は 積み木を してました。

積み木の城は がらがらと 
みるまに くずれて 散りました。

去年の きょうの くれがたは
芝生のうえに 居りました。

黒い火事雲 こわいけど
お母さまの 瞳が ありました。

去年の きょうが 暮れてから
せんの お家は 焼けました。

あの日 届いた 洋服も
積み木の城も 焼けました。

去年のきょうの 夜更けて
火の色映る 雲のまに

白い月かげ 見たときも
母さま 抱いてて くれました。

お衣は みんな あたらしい
お家もとうに 建ったけど

去年のきょうの 母さまよ
私は さびしく なりました」

関東大震災後 1年を 経て 詠んだ 詩である。

みすずは
去年の きょうの 出来事を 深く思うことで
被災された 人たちの 悲しみを
担おうとしたのであろう。

この 若さにして
すでに
自他一如の心を 持っていたという
ことである。

驚愕する。

倣いたいものである。

kazu

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2011年06月13日

「重たいいのち」

2011.6.13(月)

「重たいいのち」

青空が もどった。
幾日 ぶりだろうか。

久しぶり
あさの 散歩に 出かけた。

歩く 道々
景色が
随分 変わった。

びわの実が 色づき はじめた。
小指ほど しかなかった
梅の実が 親指ほどに なった。
梅干? それとも 梅酒?
どんな 姿に 変身するのだろう。

110613_0520~01.jpg
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たんぼには 水が はられた。

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直播の 田んぼもあれば
田植えを 終えた ばかりの
初々しい苗も ある。

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いかにも つゆどきの
風景 そのものである。
きせつ感 いっぱい である。
暑い夏への 助走でもある。

あさ 居室を 訪ねた。

「あさを 迎えましたね」
「如何ですか」
「無事 迎えられました」
「よかったですね」
「ありがとう」

痛みを かかえての
生活である。
どれだけ 長い 夜を 過ごしただろうか。

両の手を 合わせて
頭を 下げられる。

その 姿に
「いのち」の 重たさを 見る。
傍らにいた 職員までが
一緒に 手を 合わす。

子どもと 過ごした 時間を
楽しそうに 語ってくれる。
その 顔は
どこまでも 嬉しそうだ。
母の顔だ。

「今週は・・・」
「来週は・・・」

指折り 数えて
会える日を 待つ。
いつまでも
紡いでいたい この関係である。
が いずれは 終わりが来る。

だから
その 一つ 一つが
貴重なのだ。

ここにも
もう一つの 「いのち」 がある。

どれも
重たい 「いのち」 である。
尊い いのち である。

その 「いのち」と
どう 向かい合う。

日々 試される。

kazu

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2011年06月10日

「時の記念日」

2011.6.10(金)

「時の記念日」

きょうは 時の 記念日である。
その 由来を 尋ねて 見た。

記念日として 制定されたのは
1920年(大正9年) である。

「時間を 尊重し 正確な 時間の観念を 普及することにより
生活の 合理化を 進めることを 目的とする」

として 生活改善同盟調査委員会が 定めている。

当時 どんな 生活が 営まれていたのであろうか?
目的が 勇ましい。

遠く
671年4月25日 天智天皇が 漏刻(水時計)を 設置し
初めて 鐘を打って 時を知らせるように なった と

「日本書紀」の 故事にある。

太陰暦4月25日は
太陽暦 6月10日に あたる。
それゆえ
この日が 記念日と なった 次第である。

ヴォルテールの著書の中に
大祭司が 騎士に 尋ねる くだりが ある。

「この 世界の あらゆるものの 中で

もっとも 長く また もっとも 短く
もっとも 迅速で また もっとも 遅く
もっとも 細かく分割できながら また もっとも 広大で
もっとも ないがしろに されながら また もっとも 惜しまれ
それがなければ なに 一つ 行うことができず
ちっぽけなものを すべて 飲み尽くし
偉大なものを すべて よみがえられるもの

それは 何か」

あるものは 謎の答えを
運だと いい
他のものは この世だと言い
光だと言う ものもいた。

大祭司は 
それは 「時間」だと 答えた。

時は 「金」 とも言う。
すべては 「時」が 解決するとも言う。

「時」は 一瞬 一瞬の 連続でもある。
意志を 持って 紡ぐか 紡がないか。

その結果は 言うまでも ない。

命に 限りが あるだけに

「その時」を 大切に
「与えられたもの」に 感謝し
「受けた恩」を 忘れることなく 

生きたいものである。

「時」に こころが 添わないと
意味が ない。

kazu

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2011年06月09日

「旅行に行きたい」

2011.6.9(木)

「旅行に 行きたい」

久しぶり
子どもの 朝食づくりから
1日が 開けた。

細君も 娘も いない。

空腹に 耐えられないか。
親父の 朝食を 一気に かきこんだ。
その 勢いに あっけに とられる。
でも
その 姿が ちと 嬉しい。

居室を 訪ねた。

「おはよう」と 声を かける。

返事の 代わりに

「可愛らしい 笑顔」が
返ってくる。

こころが 通じた 瞬間である。
それだけで 無事を 確認できる。

唐突にも

「旅行が したい」
「どこか 連れてって」

と来た。

「行こう」
「どこか 行きたいとこある?」

考えている 風では あるが。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

会話が 途切れて しまった。

繋ぐべく
「どこが いいかな?」
「京都? 奈良?」
と 尋ねて 見る。

「遠いとこは いい」
「近場で良い」
と 言う。

また
会話が 途切れた。

しばらくして

「旅行は いい」

と 返ってきた。

楽しい 旅行の 話の はずが

「旅行は いい」

で 終わってしまった。

意を 解することが できないまま だった。

すっきり しない 気持ちが いつまでも 残る。

いったい 何を 言いたかったのだろうか?
もちろん 考えても わからない。

ふと
ひょっと したら
人の 気配や 声を

外の 風の音 や 小鳥の 声を
聞きたかったのかも 知れない。
そんな 思いが 一瞬 よぎった。

それを

「旅行したい」

と言う 言葉で
表現したのか?

かも 知れない。

誰も その 答えは わからない。

彼女の中で
ほんの 一瞬 起こった 思いである。

その 思いを 大切にしたい。

kazu

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2011年06月08日

「意志を持って・・・」

2011.6.8(水)

「意志を持って・・・」

熱帯魚が 美味しそうに
朝食を 摂っている。

その様子を
見つめる 女性(ひと)が ある。
その 目は
実に 優しい。

けさも えさを あげ 終えたところで
出くわした。

「おはよう ございます」
「どのぐらい あげるの」
「スプーン 2杯だけ」
「1日?」
「そう。それが 1日分なの」  

かたわらに 置かれた
管理表に 印を 打つ。

「誰かの(何かの) ために 役立つ」

そこには
活き活きした 顔が ある。
一瞬とはいえ 輝きを 放つ。

90歳を越える 作家の 清川 妙さんは
自身の 体験から このように 語る。

『私は 耳の 聞こえない 息子を 持っていた。
そのことが 自分の 人生に おいて
いろんな 決め手になった。

あるとき 担任の 先生が

「聾教育というのは 底なしの 釣瓶で
水を 汲むような 非常に 根気の 要る 仕事です」

と言われた。

でも その時 私は

「底なしの 釣瓶でも 水を汲む時には
雫が ポタッと ついてくる。
その 雫を 溜めれば いいじゃないか」

と 思った。

この 考えの 根は 今にして思えば
「徒然草」の 一節

「刹那 覚えずと いへども
これを 運びて 止まざれば
命を 終ふる期 たちまちに 至る」
とある。

つまり 瞬間 瞬間を 積み重ねて
人生は 終わりを 迎えると。

その 瞬間と雫 
何か 発想が 似ていません?

さっき あなたと お会いしたのは
もう はるか 昔になりました。

指 ひと弾きの 間に 六十五の 刹那が あるそうな。
その 目にも 止まらぬ 瞬間を
積み重ねて いるわけでしょう。

それが 人の 一生に なるのだから
やっぱり
意思を持っているのと
いないとでは
大きく 違うんです』

90歳を 越えた
現役作家の 言葉である。

瞬間 瞬間を

「意志を 持って 生きなさい」

背中を 押された。

重い言葉である。
ありがたい 言葉である。

「瞬間」を 
意志を持って
生きている 姿に 出会った。

偶然ではない。

kazu

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2011年06月07日

「ほっと」

2011.6.7(火)

「ほっと」

無事に 朝を 迎えた。

「夜 どうだった」
「大丈夫でした」

ほっと 
胸を なでおろす。

「お疲れ様。ありがとう」

が 正直な 気持ちである。 

食事が 細って いると 聞いた。
気になり 部屋を 訪ねてみた。

目の前に
飲み物が 置かれている。

「おはよう ございます」
と 声を かけた。

あいさつ 代わりに

「来てくれたんか」
と 返ってきた。

いつもの 返事に
ほっと 胸を なでおろす。

「ヤクルト 飲む?」
こくりと うなずく。
唇に 当ててみた。
少し 開いた。
ヤクルトを 傾けた。
ごくりと のどが 鳴った。

何回か 繰り返した。
食べる 力も
飲み込む 力も ある。
大丈夫。

ほっと 胸を なでおろした。

夕刻 机の 上に

「夏野菜」

が 届けられていた。

貸し農園で 取れた
第1作の 収穫物 である。

CIMG3185.JPG

kazu

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2011年06月06日

「収穫第1号」

2011.6.6(月)

「収穫第T号」

収穫の 報せが 届いた。
この 夏 第1号 である。

大きさと言い
形といい
その
瑞々しさといい

素人の 作品とは 思えない。
店先に 並んでも 遜色ない。
それほどの
出来栄えである。

夏が 深まるほどに
その 報せは 数多く 届くに 違いない。

夏祭りの 店先に
どんな 果実(かじつ)が 並ぶか。
楽しみである。

古本を 持って 行った 来た。
こちらの 第1便は
しめて 640円也 であった。

せめてものとの 気持ちから

机の 前の

「義捐金箱」に 

そっと 入れた。

kazu

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2011年06月04日

「断捨離」

2011.6.4(土)

「断捨離」

断・捨・離 が ブームと言う。
片づけの 勧めである。

いつものことだが
書類は 山積み 
片づく ことがない。

いよいよ
なだれ 寸前に なって
片づけることに なる。

それは 職場だけでなく
我が家の 実情も そうである。

数十年ぶりに
片づけることに した。

狭い部屋を
本と 服が そして テープ類が 覆う。

服から 片づけることにした。
年々 体型が 変わり

「いつか 着れるかも」

との 淡い夢は その都度
打ち砕かれる。

その 結果
箪笥の 中は 貯まりっぱなし。
はちきれんばかりに なっている。

クリーニングを 終え
綺麗に なって 
戻ってきたものばかりである。
もちろん
思い出も 重なる。

最低 必要な ものだけと
心に決め 作業に 取り掛かった。

「う〜ん」

と 唸り声を 発しつつ

「もったいない」

との 気持ちと
格闘しながら

「捨てよう」
と 意を 決する。

古着が 堆く 積まれた。

次に 「本」 である。
服よりも 
歴史を 共にしてきた だけに
捨て 難い。

せめてもの 財産として
子ども達に 残して おこう。
そんな 思いで
大切にして きた 物ばかりである。

さらに 意を 決して 作業に 取り掛かる。
寝室の 周りに 積んであった ものだけでも
バック いっぱいになる。

「惜しいな」

と 思いつつ 

「身が切れる 」

思いを しつつ
作業を 終えた。

まだまだ 続く 「捨」の 作業である。

「断」
断つ:欲しいと思っても 手にしないことだ

「捨」
捨てる:「もったいない」とは 真逆だ。貯めない。徹底して 捨てることだ。

「離」
離れる・囚われない:もっとも 難しいことである。ものに囚われない。こだわらないことだ。

こうして見ると
単なる 片づけの 極意には とどまらない。
人生の やり直しの 勧めでも ある。

徹底するとは
どの道も 生き方を 変えることが 求められる。

keep it simple。

この チャンスに チャレンジして 見たい。

kazu

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posted by カズ at 09:27 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2011年06月03日

「準備を怠らず」

2011.6.3(金)

「準備を怠らず」

くりの 花が 咲いた。
実りの 秋に 向かって
はや 準備が 始まっている。
すごいなー。
感動 ものである。

110604_0908~01.jpg
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小さな 命の誕生に
教えられる。
何ごとも
準備を 怠らず である。

午後から
久しぶり 太陽が のぞいた。
つゆの 晴れ間で ある。
太陽を 仰ぎ見た。

タオルを 首に巻いた
お嬢様? 3人が
花の 手入れに 来てくれた。

あっという間に
花壇と言う 花壇が
美しい 花で 埋め尽くされた。

CIMG3181.JPG
CIMG3182.JPG

CIMG3183.JPG

「施設長 手入れ 要らずの 花にしておいたよ」

と 憎たらしい?口をきいて
高笑いする。

いいのか 悪いのか。

ごもっともな だけに
悔しい。

もちろん
その 気配りが 嬉しいの だが
でも
ちと 寂しいが
本音である。(笑)

新たな 人との 出会いが あった。

「是非 いっしょに!」

と 思いのたけを 伝えた。

こころに 届いたであろうか。

準備を 怠らず
一歩づつと
こころに 言い聞かせる。

kazu

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posted by カズ at 06:31 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2011年06月02日

「こだまでしょうか」

2011.6.2(木)

「こだまでしょうか」

未明に 起き ひと風呂 浴びた。
めずらしく 昨夜は 寝入って しまった。

からだ 全身を 湯船に 浸し
しばらく 身を 任した。

あたりは 漆黒の 闇に
物音 一つしない 静けさだ。

湯船の 中で 体を 撫でるだけで
その 水音が 強く こだま する。

その音を 聞きながら
黙想する。

心地よい 時を 過ごす。
こころが 幾分 軽くなった。

一篇の 詩が 届いた。


「遊ぼう」って 言うと
「遊ぼう」って 言う。

「馬鹿」って 言うと
「馬鹿」って 言う。

「もう遊ばない」って 言うと
「もう遊ばない」って 言う。

そして あとで 
さみしくなって

「ごめんね」って 言うと
「ごめんね」って 言う。

こだまでしょうか
いいえ だれでも。』

金子 みすずの 
こだまでしょうか」という 詩 である。

末尾の 「だれでも」 とは
どういうことなの だろうか。
この言葉に 何を 込めたのであろう。

「ヤッホー」といえば
「ヤッホー」と 返ってくる。

山から 投げかけた 言葉が
そのまま 返ってくる。

それが こだま である。

よいことも 悪いことも
投げかけられた 言葉や
思いに 反応するのが
「こだま」である。

それは 「こだま」だけで あろうか。

万人の こころも そうだと
みすずは 言いたかったので あろう。

この 大震災で
だれもが 耳にした 詩(うた)である。

あなたは どう聞いただろうか。

この詩を 耳にして
被災者の 悲しみ 苦しみ 辛さに

「こだま」

する 自分で おれた だろうか。

この震災を 自分のこととして
感じる きっかけを 与えたのが
この詩である。

それは 震災に 限ったことでは ない。

いつも
人の 痛みに 「こだま」していたい
ものである。

kazu

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posted by カズ at 04:07 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ

2011年06月01日

「紫陽花の花」

2011.6.1(水)

「紫陽花の花」

暦が 繰られた。
きょうから 水無月 6月で ある。

こころを リセット しよう
新たにしよう
そんな 思いに なるから
不思議だ。

あめの 間隙を ぬって 散歩に 出た。
夜が あけるのが 随分 早い。

6月 初日の 空である。
どんよりと くもり
今にも 泣きそうである。
遠く 金甲山が 霞んで 見える。

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6月の 花
アジサイが 目に留まった。
つけた ばかりの 花もあれば
すでに 宝石を 散りばめたような
美しいものまである。

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人の こころと 違い
自然の 営みは 寸分 違わない。
その 刻(とき)を 知る。
だれに 教えられた わけでもない。
楚々と 庭先に 咲き
そのときを 報せる。
ただ ただ 驚愕する ばかりだ。
人間の 力の 及ぶところではない。
 
きょう
グループホームの 建築打ち合わせ 会議が あった。
ハローワークでの オープニングスッタフの 募集も
始まった。
各機関への 開設の 案内も 始めた。

すべては 第一歩からである。
夢に 向かって
祈りと共に 歩みたい。

kazu

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posted by カズ at 04:39 | コメント(0) | TrackBack(0) | メッセージ